カテゴリー「慶應義塾」の記事

2009年10月14日 (水曜日)

【大学】2009年夏スクーリング結果

夏に受けてきたスクーリングの結果が届きました。
今回は本当に自信がなかったんです・・・。ホントにむちゃくちゃ大変だった。泣くかと思ったw 。・゚・(ノ∀`)・゚・。 選んだ科目の組み合わせも悪かったし。


哲学(文学部専門教育科目) 2単位

結果:B     (^-^)


英語(リーディング) 1単位

結果:A    \(^o^)/



哲学の方のメインはカントヴィトゲンシュタインのお話でした。本質主義とか反本質主義とか? なんだかもうわけわかんなくて・・・(笑) 単位落としたかと思いましたよ。っていうか、法学部なのになんで文学部配当科目取ってんだろうって話ですよ 。・゚・(ノ∀`)・゚・。 (卒業単位には組み込めます)

英語。あんなに必死に英語の勉強したのって、大学受験以来かもしれないですよ・・・。すげーつらかった。スクーリングの英語は大学側でクラスを勝手に振り分けてくるから自分で選べないんですよ、慶應義塾の場合。噂によると、学士入学の学生やテキスト学習の英語で成績がよかったような学生は難しいクラスに入っちゃうらしい。あくまで噂ですけどね。しかもネットで拾った怪しい噂w しかし、実は本当なのかもってくらい今回の英語は難関でした。まぁ、噂の真偽は正直わかりません。慶應通信制の場合、どの語学クラスもかなり難しいと思いますから。


スクーリングで取らなければならない単位は残り3になりました。とりあえず来年の夏に2科目取れば終了です。働きながらだと長期の休暇が取りにくいので、やはり数年がかりになってしまいますね。来年は忙しくない年なので、秋の夜スクーリングにもう一回参加したいなあ。

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2009年10月13日 (火曜日)

【大学】レポート終了(産業社会学)

某団体からデータの利用許可が出たので、レポートを提出できます。
明日投函予定。
インターネット上の資料を加工してレポートに利用する場合は、著作権者から使用許可をとることが必要になります。根拠になっているのは著作権法第32条と第35条です。

今回のレポートはものすごく時間がかかったような気がします・・・。1か月以上かかってました。しかし、なんとなく論文をまとめる時のコツみたいなものが見えてきたので、卒業論文も書けそうな気がしてきた。

さて、検索で引っ掛かって来ちゃった人には申し訳ないので、今回も読んだ本の名前だけはメモしておこうと思います。レポートの中身を書いてしまうと停学になっちゃうんでね。あしからず。


参考文献(読んだけれども使わなかったもの含む)

マックス・ヴェーバー著 大塚久雄訳 『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』 岩波文庫 1989年
J.K.ガルブレイス著 鈴木哲太郎訳  『ゆたかな社会』 岩波現代文庫 2006年
J.K.ガルブレイス著 石川通達 他訳 『新しい産業国家』 河出書房 1968年
菅野正 著 『現代の官僚制』 誠信書房 1969年
G.フリードマン著 小関藤一郎訳 『細分化された労働』 川島書店 1973年
E.デュルケム著 井伊玄太郎訳 『社会分業論(下)』 講談社学術文庫 1989年
E.フロム著 日高六郎訳 『自由からの逃走』 東京創元社 平成19年
D.マグレガー著 高橋達男訳 『企業の人間的側面(新版)』 産能大学出版部 平成5年
J.ホイジンガ著 高橋英夫訳 『ホモ・ルーデンス』 中公文庫 1973年
井原久光著 『テキスト経営学[第3版]』 ミネルヴァ書房 2008年
鳩山由紀夫 「私の政治哲学」 『Voice』 381号 2009年

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2009年10月10日 (土曜日)

【大学】レポート終了(一応)

産業社会学のレポート、なんとかまとまりました。
スランプだったせいか、かなり時間がかかってしまいましたが・・・。

ただし、まだ提出できないんですねー。
今回は表を一枚付ける予定なんですけど、その表を作るのにある団体の統計資料を加工しないといけません。なので、著作権の関係でその団体から使用許可をもらわないといけないんですね。その許可がないと提出できません。許可なしで提出してしまうと不可どころか、下手すりゃ停学になっちゃいます。

そんなわけで今は連絡待ちというわけです。

さて、次の予定は「民法」です。
一応、法学部だから(笑)

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2009年10月 3日 (土曜日)

【大学】図書館リベンジ(笑)

Photo 夜の早稲田大学。
大隈先生の後ろ姿と大隈講堂です。
おいら、夜の大学って好きなんですよね。
なにしろ社会科学部出身だから(笑)

社会科学部。
今は昼間部になっているらしいけど、おいらがいた頃は夜間部でした。まぁ、純粋な夜間部じゃなくて「午後部」って感じでしたけど。

なんでこんな時間にこんなところにいるかというと、早稲田の中央図書館に行ってきたからです。先々週も来たんだけど、その時は閉館してたんだよねぇ・・・。さすがに今日はしっかり調べてきましたよ。ちなみに午後10時まで開いているらしいです。

午後は演劇鑑賞があったので(その記事は明日書く)、図書館で調べ物を開始したのは午後5時過ぎからでした。そんなわけで、帰りがすっかり夜になってしまったというわけです。今日はちょうど「中秋の名月」ということで、月がとてもきれいでしたね。

肝心の参考図書の方ですが、探していた3冊とも目を通しましたけど、今書いている自分のレポートに使えそうなのは1冊だけでした。もう50%くらい書いてしまっているので、その資料も使えるかどうかわかりませんね。まぁ全然無駄ではないんですけど。


帰りに高速道路からディズニーランドの花火が見えましたよ。噂には聞いたことがあったけど、すごいっすね。おいらはディズニーランドに詳しくないからよくわからんのですけど、あれって毎週やったりするのかねー。まさか、毎日やってるわけじゃないよね?

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2009年9月27日 (日曜日)

【大学】レポート

今は産業社会学のレポートをぽつぽつ書いているんです。もう何週間もかかってるんですけどね。毎回、レポートでは悩むんですよね。これまで読んだ資料をどこでどう生かすとか。

10月はちょっと仕事が忙しくなるので、なるべくその前には仕上げたいと思ってるんですけどね。スランプ状態かもしれません。まぁ、そういう時期もあるかな。

マインドマップとか、夏に大学で受けてきた卒論ガイダンスで教えてもらった方法なんかを使ってみるとか・・・。

気分転換が必要かもしれませんねー。

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2009年9月20日 (日曜日)

【大学】図書館めぐり

週末は東京に行ってました。産業社会学のレポートに使う参考図書を探しに、慶應義塾大学三田校舎の図書館へ。

借りられてしまって読めない本もありましたけど、デュルケムの『社会分業論』は読むことができました。「読む」といっても、レポートを書くのに必要になりそうな部分を探して飛ばし読みなんですが。必要な部分はひたすらコピーして後からまた読み直します。興味深い本ですし本当はちゃんと読みたいんですが、レポートにあまり時間も掛けられないと思うのでやむを得ません。

図書館に行って毎回思うんですが、あの蔵書の量に圧倒されます。おいらがいつも行くのは三田の新館なんですけど(慶應には図書館がたくさんある)、地下5階まであったりしてね。今回は土曜日だったせいか人も少なくて、おいらが入った地下3階なんて誰もいなくて、ちょっと怖かったりして・・・(笑) 人がいない広い地下室にものすごい数の本がズラッと並んでるんです。おいらはそういう所に行くと腹がゴロゴロしちゃうタイプなので、ちょっとつらいものがありました (ノ∀`)

慶応義塾の図書館には本当にいろんな本が収蔵されていてですね、『社会分業論』のすぐ隣の棚には絵本や童話までありましたよ。『エルマーと16ぴきのりゅう』とかね~。この本、おいらのいとこがまだ小さかったときに読んであげたことがあるんです。なつかしいなあ。ちょっとなごんだ(笑) いとこの娘のみーたん(仮)がもうちょっと大きくなったら、また読んであげようかな。


ところでおいらは早稲田のOBでもあります。ということは、早稲田の中央図書館に入れてしまうということです。そんなわけで、「慶應で借りられていて読めない本は早稲田でさがそう」ということで図書館ツアーを敢行しました。(ちなみに慶応義塾の学生は、申請すれば早稲田OBでなくても早稲田の中央図書館を利用することができます。おいらは早稲田カードで入れちゃいますけど。)

早稲田もだいぶ変わりましたが古くからある店もいくつかは健在で、ちょっと懐かしかったですね。メルシーに行列できてやんの m9(^Д^) そんなにうまいか、あの店のラーメン(笑)
なんて、学生街の風景を眺めつつ中央図書館に向かったら、


休館だった orz


電車に乗り間違えながらやっとたどり着いたのに・・・(慶應から早稲田ってものすごく行きにくいんです)

金曜日に中央図書館のホームページは見たんですけどね~。図書館のTOPページに一応カレンダーらしきものがあって、なにやら日にちが色分けされてるんですがわかりにくいんです。で、その色分けがどういう意味なのかは別のページを見ないとわからんのですよ。早稲田の中央図書館というのは土日も開館していることが多いので、あの掲示の仕方だと「開館時間が変更になるのかな」というような誤解を生む可能性があると思うんですよね。むしろ色が塗られていない期間が休みだと思っちゃう人もいるかもしれません。

いや、

おいらが悪いんだと思うけどね 。・゚・(ノ∀`)・゚・。

でもね、慶応義塾の図書館のカレンダーの方が圧倒的にわかりやすいです。カレンダーに開館・閉館だけじゃなくて時間まで書いてあるし。まぁ、慶應の方は慶應の方で、日曜日に開いていないので使いづらいところもあるんですけど。


とりあえず手元にある資料だけでレポートは書き始めますけど、もう1回くらい行かないとダメかなぁ・・・。



エルマーと16ぴきのりゅう (世界傑作童話シリーズ) Book エルマーと16ぴきのりゅう (世界傑作童話シリーズ)

著者:ルース・スタイルス・ガネット
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社会分業論〈下〉 (講談社学術文庫) Book 社会分業論〈下〉 (講談社学術文庫)

著者:井伊 玄太郎,E. デュルケム
販売元:講談社

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2009年9月 3日 (木曜日)

【普通の日記】生活パターンが変わりました

最近は夜10時くらいには寝てしまうのです。昨日はちょっと夜更かしして10時半でしたけど。

朝早く、3時半くらいに起きて勉強しようと思うんだけど、その時間には起きられなくて、今日も結局起きたのは4時半過ぎでした。今とりかかっている大学の科目「産業社会学」の教科書のまとめをしようと思いつつ、今週も後半に・・・。参考図書(ガルブレイス)は読み進めてますけど。

それから、「産業社会学」の後に取り掛かろうと思っている「民法」の参考図書もそろそろ読み始めてます。なんてったって、おいら一応法学部だし(笑) 政治学科だけど。やっぱり少しは法律科目も勉強しないといかんなあと思うわけです。しかし、法律科目を履修しようにも民法がよく分かっていないと話にならない科目が多いのですね。そんなわけでまずは基本から。

それにしても、だんだん日が短くなってきましたね。真夏は朝5時くらいだとかなり明るかったんですけど、今はもう薄暗いです。今日は曇りだったのでなおさらそう感じました。今も外では虫が鳴いてるし、すっかり秋の気配です。

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2009年8月24日 (月曜日)

【大学】第二回科目試験結果

7月に受けた試験の結果が届きました。


日本外交史Ⅰ(4単位)

結果:B   (^-^)


日本外交史Ⅱ(2単位)

結果:B   (^-^)



不可じゃなくてよかった・・・(笑)
これで79単位。夏スクーリングの単位が取れていれば82単位です。
卒業所要単位数まであと42。そのうち8単位が卒業論文、そのほかに4単位をスクーリングでとる必要があるので、テキストでとらなければならない単位は残り30単位です。気合いを入れてやればおそらく1年くらいで取れるんでしょうけど、おいらはゆっくりやります。あと3年くらいかけて(笑)

さて、次のレポートは西洋外交史にする予定だったんですが、予定を変更して産業社会学にしようかと思ってます。教科書は去年読んでますし。それに、最近「ベーシック・インカム」について考えることがあって、この科目にちょっと興味が湧いたんです。

ちょっと前に「ベーシック・インカム」について4本ほど記事を書きましたけど、そのあとに入門書を買って読んでみました。この制度、決して新しく出てきた理論ではなくて、もう200年ほど議論されているものだということを初めて知りました。そして、実にいろいろな面から考察されているものだということも。

ガルブレイス(経済学者)やフロム(社会心理学者)、それにあのキング牧師までもが唱えていたということです。決してトンデモな話じゃないんです。税制を抜本的に改革しなければならないと思いますが、限定された形であれ、日本でも実現は可能なもののような気がします。

しかし、日本ではこの制度に対する否定的な意見が多い現状があるので実現は難しいかもしれませんね。制度的に可能であっても政治的に実現が難しいです。特に新自由主義的な改革を行ってきた自民党政権のもとではまず不可能でしょう。逆に彼らが「ベーシック・インカム」に取り組もうとした場合、その財源は相変わらず借金になるだろうから現状よりさらにひどいことになると思います。妙なことを考えずにおとなしくしていてほしい。

ベーシック・インカム入門 (光文社新書) Book ベーシック・インカム入門 (光文社新書)

著者:山森亮
販売元:光文社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

生活保護の「捕捉率」というのがあります。統計によると日本の「捕捉率」は20%程度だそうです。これはどういうことかというと、生活保護を申請して通るのは10人中2人程度ということ。あとの8人は生活保護が必要であったとしても受けられない。極端な場合、おにぎりひとつ食べられずに死ぬことになる。他の先進国、たとえばイギリスなどは捕捉率80%を超えています。あのアメリカでさえ70%は行っている。日本だけが断トツで低い。こういう現状を作ったのは戦後半世紀以上ほどんどの期間にわたって政権を掌握していた自由民主党の責任であると思う。

本書は入門書ということで、これまでベーシック・インカムがどのように論じられてきたかを概説しています。社会運動や経済学、社会思想などさまざまな視点から多角的に紹介されているので、より突っ込んだ話が知りたければもう少し専門的な本を読んだ方がよいと思いますが、とっかかりとしては十分な本だと思います。

わりと硬い感じの本ですが、一か所だけ著者の心情が激しく表れていたところがありました。生活保護に関連した個所なんですが、「私はこうした現状に憤りを覚えざるを得ない。」と書いています。また、あとがきの最後の最後に「生き急いだ友人たちの思い出にこの本を捧げたい。」とも書いています。「ベーシック・インカム」に当初は懐疑的だった筆者がなぜこの制度を支持するようになったのか、おいらはむしろそっちの方に興味があります。


おいらもね、いつになるかわからないし、全然無理かもしれないけど、志なかばで斃れた仲間たちの仇を取ってやりたいと思ってるんだ。大学に入りなおしたのも、きっとそういう気持ちが心のどこかにあるからなんじゃないかと思うんです。

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2009年8月10日 (月曜日)

【大学】夏季スクーリング編・番外

今回は英語(リーディング)の講義を受けてきたわけですが、その時の手法が「翻訳を先に読んで後から原書を読む」でした。確かにその方が理解が早いし効率がいいんです。わけのわからない文章をひたすら訳すっていうのは効率が悪いし、とにかく疲れるんです。ところが高校までの英語というと、ただひたすら訳せみたいなことが多いんじゃないでしょうか。地域によって違うのかもしれませんが。おいらもかねがねそういう「修行」のような手法について疑問に思ってたんです。

今もあるのかどうかわかりませんが、おいらたちが高校生の頃に「教科書ガイド」っていう参考書がありました。全教科の教科書の解答が載ってるんですね。実際のところ、これはかなり助かったんですが、おいらの地域では「禁書」扱いでした。「答えを先に見てしまっては勉強にならない」というような考え方があったんでしょう。おいら、頭が悪かったから学校の勉強についていけなくてね、どうしてもある必要に迫られて、その禁忌(笑)を敢えて犯しました。

高校2年の時においらの隣の席に座っていたのが、たまたまおいらの好きだった女の子でした。我ながら限りなくミクロな世界で生きていたと思いますが(笑) おいらは成績が悪かったけど、その子も同じくらいに成績がよくなくて、わからないことがあると隣の席のおいらにいろいろと聞いてくるんです。正直迷惑ではあるんですけど、それでも

いいとこ見せたいじゃん?w (^Д^)

ところが、おいらもどっちかというと成績が悪い方だったので、何か聞かれてもちゃんと答えられなかったのですね。得意だった世界史以外は。そこで「教科書ガイド」ですよ(笑) 頑張って勉強したなあ~。特に英語は助かりました。全文翻訳がついてたからね。たまに間違ってたけど。

その甲斐あってか、高校2年の終わりごろには数学以外の科目が学年でも上位の成績になってねー。これには自分でも驚きました。数学については基本的な計算すら怪しかったので、成績は上がりませんでしたけどね。そもそも習熟度別クラス編成で最底辺クラスに入ってしまったので、おいらの好きだった女の子とはクラスが全然別。

モチベーションが上がりませんでしたw (ノ∀`)

勉強する動機が不純すぎる(笑)

それはともかく、「教科書ガイド」がいけないと言った当時の大人たちの感覚が、おいらはいまだによくわかりません。少なくともおいらの成績が上がったのはこの参考書があったおかげです。間違いなく学習効果があった。ただ答えを書き写すだけというのはさすがにまずいと思いますが、「答えに至る考え方をなぞる」というのはとてもよい勉強法だと思うんですけどね。


それから高校までの英語ですが、間違えて教えられていることがかなりたくさんあるようです。例えば"some"の訳し方なんかもそうなんですけどね。そういう間違いというのは、大学である程度レベルの高い講師の講義を受けなければわからないようなこともあるんです。日本近代史なんかもそうなんですけど、大学に入って初めて間違いに気付かされることっていうのがかなりある。最近の若者を指して「ゆとり」などと揶揄することがありますけど、おいらたちの時代からすでにまともな教育っていうのはされていなくてね。問題は教科書の厚い薄いや授業時間の長い短いの問題じゃないんです。結局、ダメなもんはダメでね(笑) 授業の中身自体がおかしいんだから。

小中高問わず、教員は少なくとも修士レベル、できれば博士レベルの人材じゃないと務まらないんじゃないかと、今回の講義でつくづくそう思いました。(ちなみにフィンランドの場合、修士号がなければ教員にはなれないそうです。うろ覚えですがカナダもそうだったと記憶しています。) 教育の内容とシステム、教員の質などを総合的に高めていかなければ、我が国の子供たちの教育レベルを維持するのは今後も難しいでしょう。単純に教科書を厚くすればいいっていう問題じゃないんですね。

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2009年8月 9日 (日曜日)

【大学】スクーリングまとめ・その1

Photo 7月30日から8月7日まで、慶應義塾大学の夏季スクーリング(Ⅰ期)に出席していました。去年、一昨年と三田キャンパスでスクーリング(Ⅲ期)に出席しましたが、日吉キャンパスに来たのは今年が初めてです。なんだか公園みたいなキャンパスでしたねー。なかなかいい感じです。今回の講義はファンタジーの世界のお話だったんですけど、雰囲気に合っているような(笑)

今回受講したのは懸案だった英語(リーディング)と、哲学でした。哲学の方は文学部配当科目なので、他学部聴講ということになるんですかね。まぁ、法学部のおいらが受講しても卒業に必要な単位には加えられるようです。

英語の講義で読んだのは "The Lord of the Rings: The Fellowship of the Ring" でした。邦題では『指輪物語(旅の仲間)』ですね。映画にもなってますし、世界的に有名な作品です。残念ながら、おいらはこれまで読んだことがなかったんだけど。いやぁ、あらかじめ翻訳読んでおいてよかったですよ。読まなかったら相当つらいことになってたろうなあ。予習も大変だったし・・・。おいら、童話みたいなものも嫌いではなかったんですけど(なにしろ、高校生の頃は童話作家になりたいと思ってたくらいだから)、なんというか「剣と魔法の世界」のお話っていうのがいまひとつ苦手でねー。読む前はちょっとした偏見のようなものがあったんですね。

今回、『指輪物語』とその前の時代のお話である『ホビットの冒険』を読んでみて、多少考え方が変わりました。これらの作品には確かに魔法使いは出てきますけど、実は派手な魔法などほとんど、というかまったく出てきません。これまで自分が想像してきたものとはだいぶ違うお話であるということがわかりました。誤解したまま講義に入らなくてよかったと思いますよホント(笑)

この作品の作者はJ・R・R・トールキン。(John Ronald Reuel Tolkien: Jan. 3 1892 - Sep. 2 1973) オックスフォード大学の文献学者だそうです。本職の作家ではないんですね。もともと学者ということなので、『指輪物語』の設定にも彼が研究していた学問の影響がかなり強く表れています。地名であったりエルフ語であったり、とにかく設定が細かいんですね。エルフ語などは本当に完璧な「人工言語」になっていて、過去から現在(物語の時代)までにどのような歴史を経て音韻が変化してきたかなんていうところまで細かく設定されているようなんです。最近では日本のアニメーション作品でも独特な世界観があったり、ロケーションを行って現実に存在する街を再現してみたりと細かい設定が加えられているものがありますが、トルーキンの作品は間違いなくそういうものの先駆けになっていると思います。彼の作品は、細かくてリアルな設定のお話が大好きな日本人にも受け入れられやすいんじゃないでしょうか。

この作品の一つのテーマになっているのが「死」についてということでしたが、それにはやはりトルーキン自身の体験が大きく関わっているようです。彼は第一次、第二次と二度の世界大戦を経験し、かなり悲惨な経験もしたようです。そのあたりのことは講義の中でも何度か触れられましたし、『ホビットの冒険』の解説にも少しだけ触れられていました。『ホビットの冒険』では竜に湖の町が焼かれる描写が出てきます。その描写について後書きでは「まるで空襲のよう」と述べられていましたが、おいらは「ええ?そうなの?」と思って読んでたんですね。しかし、講義の中でトルーキンがソンム(第一次世界大戦の激戦地)で経験したことを聞いた後では、そういう解釈も自然に納得することができました。また、そういう知識を持って『指輪物語』を読んでいくと、このお話に登場する魔法の指輪というものが、おいらにも何か核兵器のように思えてきたんですね。強力な力を持ちながらも絶対に使うことのできない指輪。そしてその指輪をめぐる人たちの、極めて人間臭い物語。ファンタジーというのは決して子供たちだけに与えられる物語ではないというのを改めて実感した講義でした。ちなみに、この作品が大きなブームになったのは1960年代、ベトナム戦争の頃のアメリカ西海岸だったそうです。

で、英語の方ですが、これはホントにつらかった 。・゚・(ノ∀`)・゚・。
本当に「精読」だったので、1ページ予習するのに30分くらいかかったりするんですよねぇ・・・。最初のうちは講義の進度が把握できなかったから5ページくらい読んでたし。日曜日なんか丸1日潰れたし。翻訳本も最後の巻(全部で4巻ある)が未読だったので気合で読みましたよ。2時間半で。おいらは本を読むのが早い方じゃないので当然新記録でしたよ・・・。 英語の予習が大変だったもんだから、哲学の予習復習がほとんどできませんでしたよ・・・。よく試験であれだけ書けたと思うよ。おいら、よく頑張った。今回だけは本当にそう言える(笑)

おまけに、おいら、何を勘違いしたのか初日に教科書を用意してなかったんですね(笑) 何か他の講義と間違えてた。必要なレジメは当日配るという形式の講義も結構あるんでね。初日にむちゃくちゃ美人のお姉さんが教科書貸してくれるっていうんで「ああ、それもいいかなぁ (*´∀`)」なんて思いましたけど、買って正解でした。自分の教科書がなきゃ絶対無理!!

・・・でも、ちょっとだけ惜しかったかなーw

それはともかく、『指輪物語』、かなり面白いですね。講義では第一部しか読みませんでしたけど、そのうちに続きが読みたいですね。ガンダルフが本当に死んでしまったのか、バラバラになった仲間がどうなってしまうのかとても気になるので(笑)

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2009年8月 7日 (金曜日)

【大学】まだホテルにいますが

夏スクーリング終了しました \(^O^)/

過去3年間で一番つらかった・・・。
毎日予習が大変で・・・。
自分の英語力のなさに泣きましたわ 。・゚・(ノ∀`)・゚・。

そしてもう1科目。


なんで哲学なんかとっちゃったんだろうなあぁぁぁ
。・゚・(ノД`)・゚・。

もしかしたら落としたかもしれませんねー。

おいらたち学士入学組がスクーリングでとらなきゃならない単位は全部で15単位です。おいらは今、9単位取得済みです。残りは6単位。今年3単位取れれば、来年は3単位とればいいことになります。スクーリング1期分で4単位とれるので、来年で必要単位を満たせる計算ですね。(ちなみに、おいらは仕事の関係で1期出席するのが限界です。)

ここで、

英語の単位(1単位)を落として哲学(2単位)が通った場合:
残り単位4単位 → 来年の夏スクで必要単位取得完了!(゚∀゚)


英語が通って哲学が落ちた場合:
残り単位5単位 → 来年の夏スクだけでは必要単位を満たせない。

両方落とした場合:
そもそも話にならないw ヽ(゚∀。)ノ



なんだかサッカーのワールドカップ2次予選みたいなことになってますが(笑)
まぁ、卒論に大分かかりそうだから再来年までかかってもいいんだけど・・・

しかし、ホントきつかったわー。おいらが今いるホテルはパソコンが借りられるんだけど(今もそれで書いている)、ブログ更新する余裕なんかまったくなしで!! こんなに一日中勉強漬けの日々なんて、いつ以来なんだろうね?

続きは家に帰ってから書きたいと思いますよ。
とりあえず腹が減ったので食事だなあ。
よ~し、ステーキ食っちゃうぞー!!w

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2009年7月25日 (土曜日)

【大学】夏スクに備えて

30日から大学のスクーリングがあるので、今はそれに備えて本を読んでます。今回受講する2科目はあまり得意な分野の講義ではないので、事前に8冊ほど読むことにしましたが・・・。

まだ2冊しか読んでおりません (^-^;A)

3冊目が今日中に読み終わるから残りは5冊なんだけど、講義を受けながら読むような感じになっちゃいますね。で、何を読んでいるかは書きません。受講科目があからさまにわかってしまうので(笑) まぁ、2冊は哲学関係なんですが。

哲学っていえばかなり昔、おいらが早稲田大学社会科学部の学生だった頃、「社会科学方法論」という1年生の必修科目があって、夏休みにレポートの課題がありましたっけ。「社会科学」というのは「社会哲学」とも言われる学問分野で、特に西洋の社会思想を学ぶのが避けて通れませんでした。それで課題の本を読んだんですけど、やたら分厚いわ用語は難しいわで、残念ながら内容があまりよく理解できなかったりして・・・。

その当時を思えば文庫本や新書を8冊読むのなんて、まだましな方。
・・・だったはずなんですけどね~ 。・゚・(ノ∀`)・゚・。

30日からは慶応義塾大学の日吉キャンパスでスクーリング授業です。初めて行くなあ、日吉キャンパス。初日は講義じゃなくて卒論関係のガイダンスなんですけどね。おいらもそろそろ卒論のテーマを絞らないといけません。実際に登録するのは来年になっちゃうと思いますけどね。

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2009年7月 5日 (日曜日)

【大学】2009年第2回科目試験

今日は三田キャンパスで試験でした。科目は日本外交史ⅠとⅡ。
まぁ、なんとか不可にはならない程度の解答は書けている・・・と、思う(笑)

日本外交史Ⅰ
幣原外交。読みが当たったのか?恐るべしプロ学生w
2日前の【アニメ】カテゴリのエントリーで、復習を兼ねてその時期のことをちょっとだけ書きました。(アニメ作品の内容とほとんど関係のない記事になってしまったという・・・w)
あれは一応学習の一環だったので(笑)、参考資料を見ずに書いていたから多少年号なんかも違っているかもしれないけど、わりとよい復習になりました。試験の方は・・・とりあえず不可にはならないでしょう、きっと。

日本外交史Ⅱ
戦後の日本と台湾との関係。最近は戦前の日本統治について問題になっているようですが、こちらは戦後のお話。日台関係そのものについてはあまり勉強していなかったので、冷戦や日中国交正常化などと絡めて解答しました。もしかしたら的を外しているかもしれないし、厳しい採点担当官に当たったら評価が低いかもしれませんが、とりあえず不可にはならないような気がする。・・・たぶん(^-^;A)

今回はB4の解答用紙の表側を埋めるのが精一杯だったので、時間は多少余りました。どちらも45分くらいだったかな。制限時間60分だけど、書けないものは書けないしねー。

ただ、今回も過去問を参考にして事前に答練をやっていたので、制限時間内にある程度出題の意図に沿った解答を作るという点ではうまくいったと思います。

さて、今週からはレポートがで帰ってきたヨーロッパ政治史のリベンジにかからないといかんなあ。

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2009年7月 3日 (金曜日)

【アニメ・政治社会】大正野球娘。

久しぶりにアニメカテゴリの更新。もうそろそろ新番組が出てきてるんですよね。明後日の試験が終わったら本格的に見ます。

え?試験勉強はいいのかって?

今度の試験で受ける「日本外交史Ⅰ」で、ちょうどこの時期のあたりも勉強しててねー。なんかタイムリーだなぁと思ってね。あくまで勉強の一環としてですね(ウソw)
まぁ、たんなる息抜きなわけですが。
あらかじめ断っておきますが、今日は長い話になりそうです。(全然息抜きじゃないというね (^-^;A)

大正野球娘。 TBS
("Taishou Yakyuu Musume.", TBS; Link to US Animation Database)


_01 鈴川小梅(CV:伊藤かな恵さん
SUZUKAWA Koume (CV: ITOU Kanae)


友達に誘われて野球をやるハメになった少女。中の人は『しゅごキャラ!!どきっ』では日奈森あむを演じている伊藤かな恵さん。おいらにとっては比較的聞き取りやすい声の人です。

作品の冒頭に当時の流行歌(?)が流れてましたけど、あれ、実はおいらにとっても懐かしい曲なんです。おいらが小さかった頃、母親(昭和18年生まれ)が鼻歌で歌ってました。その母も、小さい頃に大人が歌っているのを聞いて覚えたらしい。考えてみれば、おいらの父方の伯父さんは昭和2年(1927AD、この作品の舞台の2年後)生まれだし、そんなに遠い昔の話でもないなあ。ちなみに、おいらの母方のばあさんは大正6年(1917AD)生まれ。ロシア革命っすよロシア革命w まだ生きてるし。

この作品の主人公・鈴川小梅ちゃんは14歳という設定らしいので、1911年生まれということになるんでしょうか。当時は数え年が主流だったかもしれないので1912年生まれかもしれません。日本の元号でいうと明治44年から大正元年の生まれの人のようです。

Photo 宗谷雪(CV:能登麻美子さん
SOUYA Yuki (CV: NOTO Mamiko)

まみちゃん登場!!

バンザ~イ!!w \(^O^)/

視聴継続w ヽ(゚∀。)ノ


最近は演技の幅も広くなってますけど、なんというか「いつものまみちゃん」ですね(笑)

この大正14年(1925AD)がどういう年だったかというと、東京六大学リーグが設立された年だったんですね。今回も作品の中で慶應、早稲田両校の名前が挙がっていました。ところで、雪さんの台詞で「慶應は今遠征中よ」というのがありましたが、これはどうやら歴史的事実ではないようです。この時期に慶應野球部がどこかへ遠征していたという記録は見つかりませんでした。慶應野球部は大正3年(1914AD)にアメリカ遠征を行っているので、そちらと間違えている可能性はあります。

参考:慶應義塾体育会野球部ホームページ


Photo_2 早稲田の戸塚球場(後の安部球場)で、早大野球部の練習を見てビビリまくる女学生たちw

小笠原晶子(右、CV:中原麻衣さん
OGASAWARA Akiko (Right, CV: NAKAHARA Mai)


最近は女の子でも野球をする人が増えましたけどね、やっぱりかなりハードなスポーツですよね。硬球なんか当たると痛いしなぁ・・・。

Photo_3 こちらはテレビ東京の日曜朝に放送中の『クロスゲーム』(関東地区)

月島青葉(CV:戸松遥さん
TSUKISHIMA Aoba (CV: TOMATSU Haruka)


平成野球娘。(笑)
この作品、ちょっと懐かしい感じがしておいらは好きです。
「おっさんホイホイ」ってやつ?w


ところで、小梅の台詞で「(学校から早稲田まで)3里くらいあるんじゃない?」なんていうのがありましたが、実際には2里(約8Km)くらいなんじゃないかと思います。おいらたちは早慶戦のときに早稲田から神宮球場まで何度か歩いたことがありましたけど、だいたい4kmくらいだったと思います。小梅の学校がどのあたりかわかりませんが、仮に麻布区にあった府立第三高等女学校(現在の東洋英和女学院の近く)が学校のモデルだとしても、淀橋区の早稲田まで3里はないと思いますが。

参考:(戦前)昭和東京散歩

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14 ここからはアニメとあまり関係のないお話になります。この作品の時代背景について。

戦前は暗い時代だと思われがちですが、大正末期は比較的明るい時代でした。ちょうど外交史を勉強している途中なのでそちらの面から書いてみると、この時期はワシントン条約体制の下で積極的に軍縮が行われていた時代です。日本の外交方針は対英米協調、対中国不干渉でした。政党政治も本格的に盛んになった時代で、昭和7年(1932AD)に犬養首相が暗殺されるまで政党内閣が続きました。政友党と民政党がほぼ交互に政権を担う、「憲政の常道」の時代です。(後にこの「憲政の常道」システムが政党政治の息の根を止めるきっかけになってしまいますが)

日本は軍事力に代わって経済力による大陸進出を目指していた時期で、実際に貿易額が増えています。東京、大阪など大都市圏の市民は経済成長の恩恵を相当受けていたものと思われます。国内政治の大きなトピックとしては、大正14年(1925AD)の5月に普通選挙法が公布されたことが挙げられます。このアニメ作品の第1話の、少し後のお話。

普通選挙法というのは何かというと、満25歳以上の男子全員に選挙権が与えられたんですね。ここでひとつ問題なのは、普選を実行すると反政府的な政党が支持を伸ばしてしまう恐れがあるということです。そこで普通選挙法を成立させるに当たって、治安維持法もセットで成立させたというわけです。上の画像の下の方をよく見てみると、「治安維持法が可決」とありますね。(ちなみに、成人女子も含めた完全な普通選挙が初めて行われたのは、昭和21年(1946AD)4月10日の第22回衆議院総選挙。この選挙は大日本帝国憲法の下で行われた最後の選挙となりました。)

比較的明るかった大正末期ですが、このアニメ作品の舞台の翌年、大正15年(1926AD)には雲行きが怪しくなってきます。この頃、大陸では中国統一を目指して蒋介石が北伐を開始します。北伐軍は諸外国が大陸に持っていた権益を実力で回収しにかかりました。この頃の国際的な条約で、中国の「領土保全」を謳った九ヵ国条約というのがあって、要するにひとつの国が中国大陸で抜け駆け的に権益を拡大するなよっていうことなんですが、逆に言えば中国が諸外国に蚕食されている現状を認めるという条約なんです。蒋介石の行動は明らかにこの条約に違反したものなんですが、この条約自体が中国人の犠牲の上に成り立っているものなわけで、彼らにとっては「知ったこっちゃねえ」ということになるわけです。

日本は中国大陸に経済進出していましたから、当然混乱に巻き込まれるわけですね。中国各地で日本人の安全が脅かされました。そして、そういう状況の中で南京にあった日本領事館が襲撃される事件が発生したんです。(第一次南京事件。昭和12年の南京事件と区別するために、「第一次」としました。)この当時の日本の外交政策は対中国不干渉でしたから日本政府は目立った対応をしなかったのですが、当然国内から批判が湧き上がります。実はこの時、イギリスなど諸外国から武力干渉を求められていたんですが、日本政府はこれを拒否しました。当時の日本外交のもうひとつの柱は国際協調主義でしたし、九ヵ国条約を理由に出兵することはできたはずです。しかし、日本政府は派兵しなかった。

もしもこの時、日本が英米とともに中国に派兵していたら、その後の歴史は多少違ってきたかもしれません。中国人にとっては極めて迷惑な話でしょうが、中国問題に対して日英米が軍事同盟を組むことができたかもしれません。あくまで仮の話ではありますが。

日本は昭和2年(1927AD)、外交政策を対中国強硬策に転換させた田中内閣のもとで山東出兵を行います。しかし中国側の激しい抵抗で、結局は期待した効果を挙げることができませんでした。そのうちに満州の権益まで危なくなると、関東軍は満州支配の強化を目論み張作霖爆殺事件を引き起こします。しかしこれも裏目に出て、蒋介石の北伐は完成してしまいました。そして日本(関東軍)は満州の権益を確保するためにさらなる謀略をめぐらせていく・・・。その結果は泥沼の日中戦争であり、日米戦争の悲惨な結末でした。

外交交渉というのは力(軍事力)が背景にないとうまくいかないものだし、その一方で筋の通らない軍事力の発動もうまくいかないものなんですね。これはきっと、現在の日本にも言えることなんだろうなと思います。

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2009年6月26日 (金曜日)

【大学】レポート返却

先月出したレポートが帰ってきました。

評価は・・・


日本外交史Ⅰ・Ⅱ(4単位・2単位)

評価: B  (^-^)


結構厳しいです。Bになってますが、「参考図書の読みが甘い!」という評価でした。まぁ、確かに自分で書いていて納得できない部分もありました。日本外交史Ⅱの方は、ちょっと調子に乗りすぎたような気もします (ノ∀`)

そして、

ヨーロッパ政治史(1単位)

評価: D  。・゚・(ノД`)・゚・。


ここにきてまさかの再提出!! キビシ~!!
課題は「ヨーロッパ統合」だったんですけど、冷戦の記述に偏り過ぎという講評を頂きました・・・。まぁ、確かに。

すいません。

やっつけでした(笑) (ノ∀`)


ここで作戦変更。来週の試験ではヨーロッパ政治史の受験資格もあるんだけど、なにしろやっつけなので自信のある答案が書けそうにありません。この科目は次回に回すことにします。10月は休みが取れるかどうかわからないので、その次の時期になっちゃうかもしれませんが。おいらは卒業を急いでいないので、ゆっくりやりたいと思います。どうも最近、焦っていたような気がする。試験が終わったら早速再提出のレポートを書きたいと思います。

それにしても、やはり厳しい慶應通信制。

1単位の科目でも容赦なし!。・゚・(ノ∀`)・゚・。

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2009年6月21日 (日曜日)

06月21日のココロ日記(BlogPet)

大戦は金なり……

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪


うちのブログは書いている内容が多岐にわたっているので(最近は一部のカテゴリに偏りがちですが)、ココロちゃんもいろんな言葉を覚えます(笑)

確かに戦争には金がかかりますわなあ。

「戦争のラチェット効果」という論があります。「戦争は財政・税収規模を拡大させ、しかも戦争終了後も元には戻らない」という。経済にしても科学技術にしても、人間社会は戦争によって発達してきたと言えなくもない。少なくとも第二次世界大戦までは。

「ラチェット効果」の例として日露戦争前後の歳出総額と軍事費を比較してみます。1903年(明治36年)の歳出総額は約2億5千万円。それが戦後の1907年(明治40年)になると約6億円に拡大しています。(1904~1906年は戦時特別会計なので単純な比較ができません) 約2.4倍です。軍事費についてもほぼ同じ伸びになっています。ちなみに軍事費の一般会計歳出に占める割合は32%~33%でした。

もちろん、急速に近代化が進んでいた時期なので、年ごとに財政規模が大きくなっていくのは当たり前の話ですが、4年で歳出が2.4倍というのは普通ではまずあり得ないんじゃないかと思います。

次の例は日華事変の頃のお話。
1936年(昭和11年)の歳出総額は約22億8千万円でした。それが1937年(昭和12年、日華事変勃発の年。)になると約52億4千万円に拡大しています。臨時軍事費が加算されているという事情はありますが、それでもかなり急激な変化です。(ちなみに昭和12年度予算は30億4千万円でした。それにしても前年度実績22億8千万円からこの額です。33%増。)

1940年(昭和15年)になると歳出総額は約112億円になりました。1937年から2.14倍です。しかしこれだけ財政を膨らませても、結局のところ中国との戦争を解決することはできませんでした。しかも1939年(昭和14年)からは本格的にアメリカの経済制裁が始まります。この当時、日本にとって最大の貿易相手国はアメリカ合衆国。輸入総額約34億5千万円のうち、12億4千万円がアメリカからの輸入です。率で言うと36%です。石油に限って言えば、約80%をアメリカからの輸入に頼っていたんです。そんな国と戦争して、勝てるわけがありません。

戦争ってのはとにかく金がかかります。それは今でも同じことでしょう。「トマホーク1発何億円」なんて言ってますしね。核兵器開発となるとさらに莫大なお金がかかります。最近は日本にも核武装論が出てきましたが、現在の日本に核兵器開発に耐えるだけの経済的な基盤が本当にあるのかどうか疑問です。(本気で核兵器開発ということになると「調停者としての日本」という、日本にとっては極めて重要な外交資産を失うことになるだろうし、世界各国の懸念と反発が予想されるので、できればしない方がいいでしょう。)独立国としては残念な話ではありますが、もうしばらくの間は日米安全保障条約を維持し、アメリカの軍事力に依存するしかないんじゃないかと思います。

大戦は金なり。

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2009年6月19日 (金曜日)

【普通の日記】安保

早朝のほうが勉強がはかどるので、ここ数日の間、おいらの勉強時間は午前2時半から午前4時くらいでした。なんだか風邪を引きかけているような気がするので、今日はもう寝ますけど。

今勉強しているのは日本外交史Ⅱです。範囲は終戦から現在まで。そして、昨日から今日にかけては、ちょうど日米安保条約改定のあたりの復習でした。

「ちょうど」っていうのはどういうことかというと、今から49年前の昭和35年(1960AD)6月19日午前0時に新安保条約が成立したんですね。このときの安保反対運動はかなり激しく、国会の周りを数十万人の反対派が取り囲んで、まるで革命前夜って感じになっていたようです。おいらはまだ生まれていない時代の話ですし、全然想像がつかないんですけど。

60年安保の場合は「日米安保の内容に反対」というよりもむしろ「岸政権に反対」という面が強かったようで、実際に条約が成立した後は急激に運動が沈静化したようです。現在でもたびたび問題になる日米安全保障条約ですが、軽武装・経済重視路線を定着させ戦後日本の発展に大きく貢献したのも事実ですし、外交史の面からもそれなりに評価ができるものだと思います。まぁ、「歴史的に見て」ですけど。

日米安全保障条約では日本が基地を提供する代わりにアメリカが日本を防衛することになっています。北朝鮮が開戦に踏み切る場合、最大のターゲットは日本になると思われますし、実際に日本に対して宣戦布告すると思いますが、その時、アメリカが日本を本当に救援するかどうかわからないところがあります。敢えてアメリカの核の傘に入ることを辞さない韓国と、あくまで核廃絶を求めていく日本とでは国防のスタンスも違うので、同じアメリカの同盟国でもアメリカの戦時対応は変わってくるでしょう。来年は新安保50周年になりますが、その内容をもう一度考え直す時期に来ているのかもしれません。

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2009年6月14日 (日曜日)

【歴史】日本の戦争

ちょうど日本外交史について勉強しているところなんですが、自分のアンテナがそっちの方に向いているせいか、ネットを見ていてもそういう話題に引き寄せられてしまうようです。

今日は、こんな動画を見ました。



シリーズ化されている動画のようです。
同じシリーズでBC級戦犯の話などもありましたが、本当に戦争の理不尽さを感じざるを得ません。ただ、日本がアジア諸国の独立に貢献したという話については(上の動画とは別の回)、確かにそういう面もあるわけですが、やや日本を高く評価し過ぎだと感じます。(作者は意図的にそういう作り方をしているようで、考え方としては中道の人のようです)

日本の国際的な孤立化が決定的になったのは昭和13年(1938AD)11月3日の東亜新秩序声明の結果と考えられますが、その頃はまだ「アジアを欧米の植民地支配から解放する」という明確な政策はありませんでした。ドイツが日本に対して日独伊防共協定を拡大発展させようと打診してきた当初、海軍はこれに対して反対でした。米英との戦争に発展する恐れがあるからです。日米開戦3年前の段階で、日本は米英と本格的に戦うことは考えていませんでした。陸軍はドイツの提案に賛成の立場でしたが、それは米英との戦争を考えてのことではなく、むしろソ連の脅威に対抗するためです。つまり、日本は日米開戦3年前の時点で、米英その他を東南アジア地域から放逐し植民地を解放するなどということを本気で考えていなかったんです。そういう思想は民間レベルでは存在しましたが、国策ではありませんでした。

昭和15年(1940AD)になると、ナチス・ドイツがヨーロッパを制圧する勢いでした。ヨーロッパで英仏蘭がドイツに屈服することになると、それらの植民地に権力の空白ができます。そういう情勢から、日本はドイツと提携して英仏蘭の支配地域を抑えるべきであるという意見が出てきました。この頃にはすでにアメリカの対日経済制裁が始まっていましたし、東南アジア地域の資源をどうしても押さえる必要もあって「南進論」が優勢になっていくわけです。注意したいのは、日本が東南アジア地域に進出したのは植民地の解放という理念からではなく、極めて国内的な事情によるものだったということです。そして、この時点でもまだ、日本はアメリカと本気で戦争するつもりはありませんでした。昭和15年9月に結ばれた日独伊三国同盟も、翌年4月に結ばれた日ソ中立条約も、アメリカに圧力をかけて参戦を防止するという意図があって結ばれたものだったんですね。結局それは逆効果となりましたが、日本は本当にぎりぎりまでアメリカと戦争するつもりはなかったんです。

では、日本が「アジアの解放」を本格的に唱え始めたのはいつか。それは、日米開戦の後だったんですね。昭和16年12月10日に戦争の呼称を「大東亜戦争」とすることを閣議決定していますが、その際に戦争目的を「アジアから欧米勢力を排し、植民地を解放する」ということにしたわけです。日本は欧米諸国、特にアメリカの経済封鎖を受けて、ある意味自衛の戦争に突入せざるを得なかったわけですが、自衛といっても戦争に至った要因には日本外交の失敗も少なからず含まれていたわけですし(松岡洋右もそのあたりのことは認めている)、後ろめたい部分がないわけではない。日中戦争の泥沼化もあって兵士の士気を維持していくのも難しい。しかも今度の戦争の相手は国力が10倍も違う超大国です。日本には戦争を遂行するための大義名分がどうしても必要だったんです。国民を納得させ、狂気に向かわせるための。そしてそれは、大きければ大きいほど、美しければ美しいほどよい。

「日本は自衛のために戦った(戦わざるを得なかった)」とはよく言われることですが、中国での戦いはそもそも自衛の域をはるかに超えてしまっていましたし、アメリカとの戦争は外交政策の失敗によるところが大きかった。アメリカとはいずれ戦うことになったかもしれないけれども、自衛戦争というならばもっと早くから、せめて満州事変(1931AD-1933AD)の頃から対米戦争の準備はしておくべきでした。何しろアメリカは、日露戦争直後から対日戦争のプランを練っていましたからね。それから東南アジア地域ですが、これらの地域への進出は資源確保という点では確かに自衛のためということができるかもしれません。しかし、欧米植民地の解放となると、祖国の防衛という「本当の戦争目的」とは直接的に結びつきませんね。植民地を独立させて日本の友邦とし、大東亜共栄圏を構築することによって究極的に日本の安全を保障するという考え方をすれば東南アジアへの進出も「自衛のため」とすることもできるでしょうが、それもいささか無理がある話です。独立した国が日本寄りになってくれるという保証はありませんからね。共産化する可能性もあります。日本寄りの政権を「作る」というのであればそれはもはや独立とは言えませんし、仮に大東亜共栄圏が成立したとしても、それは旧ソ連のようなものになったでしょう。アジア諸国にとって本当の独立とは程遠いものになったはずです。

第二次世界大戦後、アジア諸国は独立を果たしましたし、それは日本が欧米列強を相手に戦った結果なのは間違いないことですが、その結果だけを見て日本人自身が「日本はよいことをした」というのは、いささか無邪気すぎやしないかと思います。アジアの人たちが植民地からの独立を日本のおかげと思い日本に好意を寄せてくれることについては、我が国にとって重要な「資産」として受け止めてもよいとは思いますけどね。

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2009年6月13日 (土曜日)

【大学】試験勉強中

来月の上旬に科目試験があるので勉強中です。
今回は久しぶりに3科目受験なので、ちょっと大変なんです。
試験が終わるまではブログの更新も少なめになるかもしれないですね。

6月に入ってから、日本外交史Ⅰ・Ⅱを勉強してました。
1910年代から始まって、今日はちょうどサンフランシスコ講和条約(1952AD)まで。日本外交史Ⅱの方は、冷戦終了後の日本外交について書かせる問題も過去に何度か出題されているから、あと半世紀分頑張らないといけません (^-^;A)

今回はその他にヨーロッパ政治史もあるのでかなり大変です。現時点で若干遅れ気味なんですけど。平日の夜は眠くなっちゃうから、あまりはかどらないのでね・・・。

日本外交史Ⅰの方は、幕末から第二次世界大戦終戦までが試験範囲になってます。伝統的な対米英協調路線がどのようにしてアジア主義的独自外交に変化していったのかが焦点になります。日本の国際的孤立が決定的になったのは昭和13年(1938AD)の東亜新秩序声明のあたりですが、それまでの経緯、特にアメリカとの関係をもう一度復習しておく必要があります。(ちなみに、アメリカはこの声明をきっかけとして対日経済制裁を本格化させました) それと、日本外交史Ⅱの試験にも多少関係してくることなので、もう一度幣原外交についても復習します。

ところで、日本はかつて「独自外交」・「積極外交」で失敗したわけですが、北朝鮮が再び同じような失敗を繰り返しそうですね。彼らは納得がいかないかもしれませんが、国際的な信頼を失った国に未来はありません。

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2009年5月31日 (日曜日)

【時事・大学】青春未だ去らず

昨日、こんな記事を読みました。

放送大学、最高齢のグランドスラム
2009年5月30日 毎日.jp

【神奈川】テレビやラジオを通して学ぶ放送大学で、横浜市磯子区森1の吉田昭二さん(82)が今春、6専攻すべての学位を取得する「グランドスラム」を達成した。県内では最高齢の当時81歳。途中でがんを患いながら、約20年間かけて政治学や心理学など計375単位を取得。現在は大学院に進み、「昨日より今日と、人間が変わっていくこと」と学ぶ楽しさを語る。
(記事より引用)


素直にすごいと思います。
「希望のある限り若く、失望とともに老い朽ちる」という名言もありますが、いくつになっても好奇心を失わないというのは素晴らしいことだと思いますよ。

おいらも慶應通信制グランドスラム目指したりして(笑)
それはともかく、まずは来月の科目試験を頑張らんといかんなぁ・・・

次の試験は3科目なので、今から勉強しないと間に合わないかもしれないですね。1か月なんてあっという間だから。それから、そろそろ卒論のテーマも決めないと。

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2009年5月26日 (火曜日)

【読書】アニメ文化外交

土曜日に東京に行った帰り、高速バスの中で読みました。

櫻井孝昌 『アニメ文化外交』 ちくま新書 2009年

TAF(東京国際アニメフェア)の記事にもちょっとだけ書きましたけど、日本文化が世界に広まってくれると日本の安全保障に役立つんです。3月21日の記事参照

世界各国の若い人たちを中心に日本に対する関心がかつてないほどに高まっていますが、日本に好意を持ってくれる人たちが増えるということは、それだけ外交がやりやすくなるということなんです。日本人が安全に海外へ出ていくことができるようにもなるし、逆に多くの外国のゲストを日本に呼ぶこともできます。

それにしても、ビルマの女の子が「やおい」を知っているとは・・・。予想以上の状況になってます。こんな座談会が開かれちゃうわけだ(笑)

"ボーイズラブ"文化は国境を越えた! - 「日米腐女子座談会」が開催
2009/05/24 マイコミジャーナル


今回読んだ本にも書かれていたことですが、日本アニメの世界への浸透具合というのは日本ではまだあまり知られていません。世界各地でアニメフェスティバルのようなものも開かれていますが、そういうものはあまり日本では報道されませんからね。大きなものになると数万人規模のイベントになるようです。

実際に日本のアニメがどの程度浸透しているものなのか、下の動画を見ればよくわかるでしょう。(ニコニコ動画の視聴にはアカウントが必要です。が、同じ画像はYouTubeにもあります(笑)



アニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』のテーマ曲に合わせて踊る海外のアニメファンの様子ですね。元のアニメ映像でもメインキャラクターが踊っているんですが、非常に滑らかな動きで、おいらも初めてみた時には驚きました。きっと彼らも同じように感じたんでしょうね。
ちなみに中東・アフリカ地域の映像はありませんが、この作品はそれらの地域の人たちも知っているはずです。


海外のアニメファンは「アニメリテラシー」の高い人も多いようで、たとえばボローニャ大学の学生さんなんかは「日本のアニメは暴力的であるという論調に対してどう思うか」という質問に対してこんな意見を述べています。

「アニメは暴力的ではない。一場面を取り出せばそう見えるシーンもあるかもしれないが、全体として多くのアニメは平和を訴えている」
(67-68頁より引用)


日本では『獣の奏者エリン』(NHK教育)で放送された処刑シーンに対してNHKに抗議した人もいたようですが、そういう人たちは作品の意図、というよりもそれ以前に「ものごとの本質」がよくわかっていないのかもしれません。


ところで、本書の中でアニメだけではなく声優さんについても触れられていた箇所がありました。実は、海外のファンの皆さんは「吹き替え」よりも「字幕付き」を好むんだそうですよ。吹き替えだと作品が台無しになっちゃうことがあるんですね。おいらもロシア版『GUNSLINGER GIRL』を見たことがありましたが、それはもう残念なことになってまして・・・。・゚・(ノ∀`)・゚・。 その気持ちはよくわかる(笑) 以前は海外の人がなぜ日本の声優さんのことを知っているんだろうと不思議に思っていたこともありましたが、よく考えればそんなに不思議なことでもないんですね。しかし、子供にも日本アニメを見てもらうということになると、海外でもちゃんとした吹き替えができる体制を作る必要はあるんじゃないかなとは思います。

そうするためには「日本人声優さんに英語を勉強してもらうか」「外国の人に声優さんとしての技術力を磨いてもらうか」の選択になるわけですが、これはやっぱり後者の方がいいんだろうと、おいらもそう思います。沢城みゆきさんみたいにきれいな発音の英語を話せる人はいいんですが、そういう人ばかりではないですからね。ただ、声優さんというのは世界的に見ても特殊な職業なので、これを世界に広めるとなるとかなり大変だろうと思います。官民学が連携して支援する必要がありそうですね。

ちなみに下の映像は北米版『コードギアス 反逆のルルーシュR2』の予告編です。各キャラクターはアメリカ人声優さんが演じているわけですが、日本の声優さんの雰囲気にかなり近いものになっています。



とにかく、アニメ、特にインターネットと結びついたアニメというのは今や世界的に無視できない影響力を持っているコンテンツです。これをうまく生かせれば日本外交に有利に働くのは間違いないでしょう。せっかくアニメを通じて日本を好きだと言ってくれる人が増えてきているんですから、アニメなどのポップカルチャーを世界戦略の一つとして組み込むのもありなんじゃないかと思ってます。かつてベルリンの壁は、東西の経済と文化の交流によって破られました。もしかするとアニメとインターネットにもそういう力があるかもしれない。

・・・卒論、アニメ外交にしちゃおうかなあ(笑)


おまけ:

第5弾くらいまであるシリーズなんだけど、かなり笑える(笑)
どんだけ日本アニメに詳しいんだろうね、この人たちw

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著者:櫻井 孝昌
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2009年5月24日 (日曜日)

【大学】レポート終了

ヨーロッパ政治史のレポートが終わりました。
朝3時前に目が覚めたので、そのまま最後まで書き上げた。
まさに朝飯前(笑)
あとで投函してきます。

今回はわりとペースが速かったですねー。これまでのレポートのなかでは最速でした。やっぱり締切迫ってると集中するんでしょうか(笑)

今回もレポートの中身については書きませんけど、読んだ本のタイトルだけ書いておきます。

渡邊啓貴[編] 『ヨーロッパ国際関係史〔新版〕』 有斐閣アルマ 2008年
庄司克宏 『欧州連合 統治の論理とゆくえ』 岩波新書 2007年


それと、結局レポートの参考にはしなかったんですが、履修要項で参考図書に指定されていた本をもう一冊、ちょっとだけ読みました。

バンジャマン・アンジェル&ジャック・ラフィット
『ヨーロッパ統合』 創元社 2005年


この本、絵や写真が多いのでおいらは好きです(笑) 『ヨーロッパ国際関係史』の補足としてちょうどよいです。

ところでこの科目の教科書なんですが、内容が古すぎてほとんど役に立ちません。レポートを書くには参考図書は必ず読まなければ無理です。他の科目でもたまにそういう教科書があるんですけど、ひどいのになると文語体、旧かな遣いのものまであったりして・・・(物権とか国際法とか)

いつの時代の教科書なんだよ!!w m9(^Д^)

っていう・・・。・゚・(ノ∀`)・゚・。

この辺はちょっと改善してもらいたいですねー。

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2009年5月23日 (土曜日)

【大学】レポート(半分)

ヨーロッパ政治史のレポートを書いてます。半分書いた。
今日はちょっと出かけるので、続きは日曜日に書く予定。締切は月曜日(消印有効)だけど、日曜の夜か月曜の朝に投函すれば間に合うでしょう。多分(笑)

ヨーロッパ政治史は1単位の科目なので、制限字数が2000字です。一般的な原稿用紙に換算すると5枚ってことになるんだけど、その字数でまとめるのはかえって難しいかもしれません。本当にあらましだけ書くような感じですねぇ。

Photo これは今回読んでいる参考図書なんですけどね、付箋だらけになってます。こうなっちゃうと、もはやどこら辺が要点なのかわかりません 
(ノ∀`)


通信制(特に慶應義塾)が大変なのは、1単位の科目でもかなり気合入れて取り組まないと合格できないってことなんです。1単位ですよ? 124分の1なんですよ・・・。通学制の時なんて1科目4単位がほとんどでしたよ。どんだけ楽だったんだろう・・・。

まぁこの本に限って言えば次に勉強する西洋外交史にも使えそうなので、読み込んでおけばいいことがあるかもしれません(笑)

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2009年5月14日 (木曜日)

【大学】読書中・・・

今は次のレポートに向けて参考図書を読んでいるんですが・・・

陽気のせいなのか、眠くてたまりません・・・
しかしここで寝てしまうと、本当に朝まで目覚めないと思う。
なんでこんなに眠いんだ・・・?

次の科目は『ヨーロッパ政治史』。
「冷戦を背景としたヨーロッパ統合のあゆみについて」っていうのが課題です。
1単位の科目なので、レポートの字数はいつもより少なめの2000字。
25日までなら何とかいけそうな気がしないでもない。

・・・が、

眠い・・・w (´‐ω‐`)

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2009年5月 8日 (金曜日)

【読書】ザ・ディベート

ゴールデンウィークの間に読んだ本です。去年買ったんだけど、そのまま忘れていた本なんですけど。そういう本がまだ何冊もあるんですよね・・・。

『ザ・ディベート-自己責任時代の思考・表現技術』
茂木 秀昭 ちくま新書 2001年


おいら、人と議論するっていうのがものすごく苦手なんですよね。今はもうそういう機会もないんだけど、大学生の頃は本当に苦労しました。何を話していいかわからなくて、頭の中が真っ白になって固まっちゃうんです。今でも夢でうなされることがあります。おいらはおそらく発達障害であろうと思われるので、こちら方面の能力を磨くのはもともと難しいのかもしれません。「であろう」というのはどういうことかというと、おいらくらい年齢がいってしまうと正しい診断がほぼ不可能になってしまうので、推定するしかなくなってしまうんですね。まぁ、蛇足なんですけど。

おいらが通っていた早稲田大学というのはもともと弁論が盛んな学校だったせいか、ゼミ対抗ディベート大会みたいなものもありました。そこで見たディベートの印象もあって、ディベートというのは「相手を議論でねじ伏せる弁論術」だとおいらも思っていたんですけど、今回この本を読んでみて、どうやらディベートというのはそういうものではないということをようやく理解しました。おいらは人とうまく会話がかみ合わないところがあったので、議論そのものがトラウマになってたんですね。バイアスがかかっていたわけです。

それと、もうひとつ改めて理解したことがあります。議論を戦わせるには下準備が欠かせないということ。ディベートをするにはまずテーマを決めて、肯定側はそのテーマ(たとえば「死刑は廃止するべきである」など)を肯定するための資料を集めないといけません。それと同時に反論に対する対策も練らないといけない。もちろん否定側は否定側で同様の作業を行います。おいら、今は慶應義塾の通信制でレポートを書く機会がありますが、これはレポートを書くときの準備作業とほぼ同じなんですね。ということは、ディベートの技法をレポートや卒業論文作成に応用できるではないですか(笑)

著者も

「私の大学時代には、ディベート未経験の学生が卒論を書くのに一年かかるところ、ディベートの経験者なら半年で書けるとよく言われたものです。」(89頁より引用)

と述べています。おそらくそういうものなのでしょう。
ちなみに著者の出身大学は慶應義塾大学です。先輩でしたか(笑)

まぁ議論の方はともかく、おいらもディベートの技法をレポートなどに生かしていきたいと思いますよ。いい本読んでよかったなあ。

ザ・ディベート―自己責任時代の思考・表現技術 (ちくま新書) Book ザ・ディベート―自己責任時代の思考・表現技術 (ちくま新書)

著者:茂木 秀昭
販売元:筑摩書房
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2009年5月 2日 (土曜日)

【大学】レポート終了

日本外交史Ⅱのレポート、書き終わりました・・・。
今年2本目。若干ペース遅いですけど。
おいらの場合は急いで卒業することもないし、のんびり行きますけどね。

今回も前々回の日本政治史Ⅱ(中世)と同じくらい悩みました。
1960年代の日本外交の位置づけといっても書き方によっては如何様にも書けてしまうので、まずは自分の考え方の位置づけをしないといけません(笑)

おいらは3年目なので今年の入学式には行かなかったんだけど(慶友会にも入っていないし、行く用事がない)、レポート・卒論への向き合い方みたいなお話もあったらしいですね。まぁ、毎年恒例なんでしょうけどね。

簡単に言ってしまうと、レポートや卒論というのは「自分の意見を他人の言葉で(他人の言葉を借りて)語ること」というような内容だったようです。自分の主張を裏付けるために先輩達のお知恵を拝借するわけですが、それにはまず「自分は何を言いたいのか」っていう部分をはっきりさせないとまともなレポートに仕上がらないのですよ。おいらはいつもここで苦労するんです。レポートを書き上げるのは本気でやれば1日で終わるんですけど、仕上げに入るまでの時間が結構かかります。実際にレポートを書く時間を1%ととすると、自分の考えをまとめる部分は99%くらいの割合になるんじゃないか。

どんなことを書いたのかをここに書いてしまうと学則違反で停学になっちゃうので(笑)、例によって内容は書きません。しかし、検索に引っ掛かってきちゃった人には申し訳ないので、参考図書として読んだ本の名前だけ挙げておきます。今回は概説書的なものがほとんどで専門的なものは読んでません。本当は池田首相や佐藤首相に関する本も読んでおいたらもっとよかったんですが。


参考図書:

五百旗頭 真 『戦後日本外交史』 有斐閣アルマ 2006年
井上 寿一 『日本外交史講義』 岩波書店 2003年
細谷 千博 『日本外交の軌跡』 NHKブックス 1993年
入江 昭 『新・日本の外交』 中公新書 2006年
添谷 芳秀 『日本の「ミドルパワー」外交』 ちくま新書 2005年
本田 優 『日本に国家戦略はあるのか』 朝日新書 2007年

白石 隆 『海の帝国』 中公新書 2006年
平山 修一 『美しい国ブータン』 リヨン社 2007年
山田 克哉 『日本は原子爆弾をつくれるのか』 PHP新書 2009年

池井 優 『日本外交史Ⅱ』 慶応義塾大学通信教育部 1993年(教科書)


このうち『日本外交史講義』はとても平易に書かれていて、中学・高校生にもわかりやすいと思います。今の大学受験がどんな感じになっているのかは知りませんけど、日本史(近現代)の出題がある学校への対策に使えるかもしれません。

さて、レポートの提出期限は5月25日(月)なんだけど、もう1本くらいいけるかなあ。
ヨーロッパ政治史(1単位)くらいならいけるかも?

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2009年4月29日 (水曜日)

【大学】日本外交史Ⅱ

そういえば、今日は慶應通信制の入学式だったんですよね。
もう2年経っちゃったか。

今日は外交史のレポートで参考文献として使う予定の最後の本を読み終えました。
いよいよレポートを書くわけですが・・・

なんだかうまくまとまりませんねえ・・・
土曜日までに仕上がるかどうか。

レポート課題は「1960年代の日本外交」(08年課題)「1970年代の日本外交」(09年課題)と両方選べるんですが、おいらは60年代で書きます。昭和で言うと昭和35年から昭和45年までの時期ですね。今日は昭和の日なので元号で書いてみましたみたいな(笑)ちょうど高度成長の時代ですね。

そうですねぇ、「なぜ高度成長が可能だったか外交面から考える」っていうのでもいいのかな。

まぁ、風呂入ってもう一回考えます(笑)

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2009年3月24日 (火曜日)

【大学】日本外交史Ⅱ

今はレポートを書くために参考文献を読んでいる段階です。
とりあえず今日までに2冊読了。
かなり飛ばし気味に読んでいるので、レポート書くときにもう一回読まないといけませんが。

入江 昭 『新・日本の外交 地球化時代の日本の選択』 
中公新書 1991年

添谷 芳秀 『日本の「ミドルパワー」外交-戦後日本の選択と構想』
ちくま新書 2005年


今回のレポートでは1960年代の日本外交について考察するわけですが、戦後日本外交には構造的な歪みがあってわかりにくい部分があります。まだちょっと頭の整理がついていないような感じですね。

明日からはもう一冊読みはじめます。本当は概説書を先に読むべきなんですけど、順序が逆になってしまいました。

五百旗頭 真(編) 『戦後日本外交史』 有斐閣アルマ 1999年

他にも読まなきゃならない本が何冊かあるんですが、それは大学図書館で探した方がいいかもしれないなぁ。


この前東京へ行った時、久しぶりに早稲田の古書街を歩きました。そこで日清戦争当時の外務大臣だった陸奥宗光が著した『蹇蹇録』(けんけんろく)の文庫本を入手しました。先週書いた外交史Ⅰのレポートの補足として使いたいと思います。

今回買った岩波の文庫本は発行が1983年なんですけど、見た感じがいかにも「古本」って感じなんですよね。全体的に赤茶けてて、ものすごく古そうに見えるんです。1983年といえば26年前。考えてみれば、四分の一世紀越えてるんですよねえ・・・。
実際古本なんだろうけど、なんだかちょっとショックでした (ノ∀`)

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2009年3月21日 (土曜日)

【アニメ・政治】TAF2009

朝、天気がよかったのでお台場の国際展示場に行って来ました。
ニフティが提供してくれるブログネタでタイムリーなのがあったので、ついでに参加(笑)

コネタマ参加中: アニメフェアへの熱い想いを大募集!



別にお目当てのものはなかったんですけど、雰囲気だけでも見ておこうと思ったんですね。普段、ブログでアニメ・声優さんカテゴリの記事を書いているから。
・・・いや、みさとんとハルカちゃん(翻訳:福圓美里さん戸松遥さんが来るっていうから、ちょっとだけでも見られたらいいかなあなんて思ったんですけどw (^-^;A)

Yoshika 『ストライク・ウィッチーズ』 宮藤芳佳
(CV:福圓美里さん)


"Strike Witches" Yoshika MIYAFUJI
Tokyo Animation Festival, 21 March 2009.

フィギュアで有名な「ねんどいろ」のブースがあったんですね。初めて実物見たなあ。よくできてるわー。

で、中の人(笑)ですけど、おいらはエイベックスで買い物をしていないので整理券が手に入りませんでした。遠くからちょっとだけ見えたんだけど、ほとんど点 (ノ∀`)
みさとん、あまり身長が高くないので見えたり見えなかったりw

ご自身のブログでも書いてましたけど、イベントは好きなんだけど、ちょっと苦手なんだそうです。今回は友達に笑顔を作る「特訓」を受けたとか。その成果が出たかどうかは・・・おいらは見えませんでしたけどね。声の感じからすると、ちょっと緊張してたような?

それにしてもおいら、すっかりみさとんの追っかけと化しているなあ・・・(笑)



Kannagi 『かんなぎ』 ナギ様(左)とざんげちゃん(右)
"Kannagi"
Nagi (Left, CV: Haruka TOMATSU)
Zange (Right, CV: Kana HANAZAWA)


で、みさとんと一緒に『To LOVEる』のイベントに出ていた戸松遥さん。遠かったのでやっぱり点 。・゚・(ノ∀`)・゚・。
となりに立ってた矢作紗友里さんが眼鏡っ子だっていうのはかろうじてわかった(笑)
みんな声がかわいいですよ~ たまりませんなあ~w (゚∀゚)

それとね、ホントに偶然なんだけど、隣のブースでまみちゃん(能登麻美子さん)発見!! 生マミコっすよナママミコ。なんだか早口言葉みたいになってるけど(笑)
歩きながらだったからちょっとしか見えなかったけど、
まみちゃんの美しさは奇跡!! ヽ(゚∀。)ノ  
行ってよかった・・・ (*´∀`)

まぁ、人いっぱいでかなりつらかったし堪能したって感じではないんだけど、雰囲気はよくわかりました。新作も面白そうなのがあったし、来期も楽しみです。

会場は人いっぱいなんですけど、日本のアニメは海外でも人気があるので外国人のお客さんも多かったですね。お客さんだけじゃなくて会場スタッフにも外国の人がいたりしてかなり国際的。コスプレなんかも派手でね。なんだかみんな楽しそう(笑)





日本は第二次世界大戦後、「ミドルパワー」の国を目指しました。国際政治の中で覇権国を目指すのではなく、経済・文化を外交の中心に据えて発展してきたわけです。吉田茂首相の時代からそういう路線になっていったようです。(この辺、次のレポートの課題に関わってるんだけど) 最近は外務省も日本のポップカルチャー発信について随分と前向きですが、もともとそういう流れはあったんです。今の首相(吉田茂氏のお孫さん)が漫画好きだからというわけでもないんです。

「ポップカルチャーの文化外交における活用」に関する報告(外務省)

外務官僚も伊達や酔狂で勉強会を開いているわけではありません。極端な話、アニメを初めとするポップカルチャーが世界に向けて発信されることは、日本の安全保障にも関係してくることなんです。大概の戦争は、情報不足によって誤った判断が下されるところから始まります。そうならないようにするためには、よその国の情報を集めるとともに、自分の国をもっと知ってもらわなければなりません。現在日本政府が目指しているのは、アニメやその他のポップカルチャーを世界に広めるというよりも、それらをきっかけとしてもっと日本そのものを知ってもらおうということなんです。それがやがては戦争の抑止力として働き、日本の安全保障に資するという判断があるんです。

「また地域安定の基礎である経済発展と環境対策は、日本のソフトパワーが最も光る分野でしょう。技術的にも資金援助でも日本の独壇場となる。ここで日本がASEAN諸国と一体となってリーダーシップを発揮すれば中国も無視することはできない。無論、日本のアニメや音楽はアジアで最も人気があるでしょう。文化輸出なら誰も脅威などどは言いませんよ」
ジョセフ・ナイ(ハーバード大学教授)講演会 「東アジアの安定を模索する日本-ハードとソフトのバランス」 2007年3月7日
河内孝 『YouTube民主主義』 マイコミ新書 2008年 83頁より引用。


ジョセフ・ナイ氏はオバマ政権下で駐日大使に内定していると言われている人物です。今後、アメリカの対アジア政策に大きな発言力を持つ人で、もちろん日本にとっても最重要人物です。

60数年前、世界は二つの陣営に分かれ、お互いに殺し合いました。日本はアメリカと戦いましたが、一般の市民はアメリカが本当はどういう国か知らずに戦っていました。バーチャルな戦争をしていたんです。子供たちは「アメリカ人は鬼である」と教えられました。中世の話ではありません。昭和時代の話です。

日本のアニメが世界に広がっていくのは結構なことだとは思います。ほかの国の人がアニメを通じて日本を知ってくれることはとても嬉しい。ナイ教授も「アメリカの言うことには耳を貸さない国も、日本の言うことなら聞いてくれる可能性があるのではないか」なんていうことを言っています。もしかすると、本当にそんな日が来るかもしれません。しかし、世界が日本のことを知ってくれるのと同じように、日本人も他国のことについてもっと興味をもって知ることがなければ意味がないんです。現在は圧倒的に「輸出超過」になっているポップカルチャーですが、今後は海外のコンテンツがもっと日本に入ってくるといいなと思います。

世界は、こんなに近くなったんですから。



残念なのは、この中に北朝鮮が入っていないことです。それから政情不安なアフリカ地域も入っていません。

残念ながら国際政治というのはそんなに甘いものではないので、近いうちにアメリカが北朝鮮を攻撃する可能性も決して低くはありません。しかしそれでも、北朝鮮の子供たちも日本のアニメを楽しんでくれる日がくることを、心から願っています。


ちなみに上の画像の元ネタはアニメ『涼宮ハルヒの憂鬱』のエンディング映像です。

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2009年3月18日 (水曜日)

【時事】多数派の恐怖

ほんとはね、もっと楽しい記事を書きたいんです・・・。

無年金障害者10人の敗訴確定=一連訴訟が終結-最高裁
3月17日18時32分配信 時事通信
リンクはすぐに切れると思います。


記事には具体的に書かれていませんが、いわゆる「学生無年金障害者」の問題です。
現在では20歳以上の学生も年金強制加入になっていますが、おいらたちが大学生だった頃は任意加入だった時代があったんです。任意、つまり入らなくても構わなかったということ。

おいらは当時夜間部の学生で(早稲田大学社会科学部。今年から昼間部になるそうです)、20歳の頃には一時期フルタイムで勤めていたことがあった関係から厚生年金に加入していました。だから年金未加入の期間は20歳の誕生日から就職するまでのわずかな期間しかなかったはずです。仕事自体はすぐ辞めちゃったので国民年金に変更になりましたが、大学卒業後に就職して再び厚生年金に戻るまでの間、掛け金を払い続けていたような記憶があります。

そんな事情があったので、おいらにとって他の学生よりも年金は身近な話だったんですが、自分の周囲では敢えて年金に加入していた学生はいませんでした。彼らの意識が特別低かったわけでもなく、学生は加入しないのが当たり前みたいな雰囲気があったのは事実なんです。役所に行っても「入らなくてもいいよ」みたいなことを言われていたようですし。

なぜ生まれる無年金障害者
(「新潟学生無年金障害者の会」へリンクします)


最初に出した時事通信の記事にはユーザーのコメントが付いているんですが、どうも誤解が多いようです。年金制度にはもともと制度的な不備があって、彼らは決して単なる「クレーマー」などではありません。上のリンクを読んでいただければ、そのあたりはある程度理解することができるのではないかと思います。

百歩譲って「任意加入制度の下でも加入しなかった方が悪かった」とします。しかし、それでもなぜ政府は任意加入という曖昧な制度を許していたのかという問題が残ります。現在は制度が改められて全員強制加入ですから、学生であって年金保険料の支払いを免除してもらいたい場合には「学生特例」を申請することができます。ところが任意加入の時代にはそんな手続きは存在しませんでした。そもそも「入らなくても別に構いませんよ」ということを政府が公に認めていたんです。いいですか。手続き自体が存在しなかったんです。大事なので二度書きました。

被告(日本政府)の主張では「十分な周知を行った」といいますが、それではなぜその当時の学生の年金加入率が1%ないし2%だったんでしょうか。おいらはたまたま仕事をしていたから知っていたけれども、年金に加入しないことによる不利益について正確に認識していた大学生は少なかったんじゃないかと思うんです。だいたい、年金に関する情報が正しく周知されていれば、上の時事通信の記事に付いているわけがわからないコメントなんて、出てきようがないんです。ああいったコメントを残す人たちの存在自体が、すでに日本政府の広報不足を証明しているとは言えないでしょうか。

被告の主張の4番なんかは本音が出ているとしかいいようがないですね。ぶっちゃけ「金がない奴は死ね」ってことでしょう。今回の判決で思うのは、近年の年金保険料滞納で年金制度の存続が危ぶまれる中で、彼らはスケープゴートにされたんじゃないかということです。年金保険料を払わないとひどいことになっちゃうよと。確かに政府の言うとおり年金というのは掛け金をちゃんと払った人に支払われるのが筋です。しかし、無年金になっている人の中には、年金制度に加入する機会を失って無年金になっている人がいる。それも、原因は明らかに年金制度の不備によるものです。「ハメられた」といっても過言ではありません。

ところで、気になったので老齢年金のこともちょっとだけ調べてみました。その「任意加入」だった時期が年金支給に必要な加入期間に含まれずに年金が支払われないケースがあるんじゃないかと思ったんですね。

老齢給付裁定請求書届出様式-PDF(A4/6枚)

リンク先は社会保険庁なんですが、そこで上のPDFファイルを開くと、下の方に学生の時に年金に加入していなかった人が老齢給付裁定を受ける場合についての記述があります。結論から言えば、在学していた時の証明書があれば、未加入部分を年金支給に必要な加入期間に含めることができます。卒業証明書があればいいんです。

つまり、年金未加入の期間があるにも関わらず、年金の支給が認められるわけです。おかしいですね。なぜ老齢年金はよくて障害年金はダメなのか。なぜ老齢年金には救済措置があって障害年金にはないのか。こういうのを「ダブルスタンダード」と言うんじゃないんですか。おいら、法学部だけど政治学科なのでよくわかりませんなあ?

それにしても恐ろしいのは時事通信の記事のコメント欄で多数派を占める人たちの存在です。自分たちは常に正しいと信じて疑わない人たち。我が国は大東亜戦争当時とたいして変わっていないのかもしれません。「自己責任論」を振り回す人たちの意見の、なんと底が浅いことか・・・。最近の「国策捜査」の問題もそうですが、本当に気味の悪い時代になったと思います。

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2009年3月15日 (日曜日)

【大学】レポート終了

日本外交史Ⅰのレポート、終了しました \(^O^)/

おいらはレポート書くのが遅い方なので毎回苦労します・・・。
それに毎回思うんですが、課題で出されるレポートのテーマって、それだけで卒論が書けそうなものが多いんですよね。書かなきゃならないことは多いんですけど、レポートなのである程度絞らなければならないし、結構悩みます。そんなわけで、今回は1300字ほどオーバーしました。

レポートの字数ですが、慶應通信制の場合はあまり厳密ではないようです。とにかく押さえるべきところをしっかり押さえていて論旨が通っていれば、ある程度の字数の増減は構わないようですね。

さて、レポートは書きあがりましたが、投函するのはしばらく先にします。前回の日本中世史でもそうだったんですが、後から見直してみると書き直したくなったりするんですよね(笑) 疑問なところも後から出てきたりして、先生に質問してみたくなったりもします。7月の教場試験を受けるのであればレポートの投函は5月頃でも間に合うし、その間にじっくり見直します。

次は日本外交史Ⅱのレポート・・・
なんだけど、まだ参考文献が読みかけなので4月に入ってからだな。


レポートの内容を書いてしまうと停学になっちゃうので書けませんが(笑)、検索に引っかかって来ちゃった人には申し訳ないので、おいらが今回読んだ本のタイトルだけ載せておきます。

井上 寿一 『日本外交史講義』 岩波書店 2003年
細谷 千博 『日本外交の軌跡』 NHKブックス 1993年
原田 敬一 『日清・日露戦争』 岩波新書 2007年
山室 信一 『日露戦争の世紀』 岩波新書 2005年
横手 慎二 『日露戦争史』 中公新書 2005年
猪木 正道 『軍国日本の興亡』 中公新書 1995年

池井 優 『日本外交史Ⅰ』 慶応義塾大学通信教育部 1973年 (教科書)


*このうち岩波新書の参考図書と中公新書の参考図書は日清・日露戦争に対するスタンスが違っているので、どちらか片方ではなく両方読むことをお薦めします。

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2009年3月 2日 (月曜日)

【大学】2008年度第4回科目試験結果

普段、このブログの他のカテゴリで「萌え~w」とか書いてるとうっかり忘れそうになっちゃいますが、おいらは大学生なんですね。通信制の。

すでに毎回恒例になっているので書きますが、今回はちょっとしょっぱい結果になりました。

憲法J (4単位)

結果: B   (^-^)


まぁ、こんなもんでしょう。解答するにあたって、どうしても押さえておかなければならないポイントが一部抜けてしまっていたので仕方ありません。それがちゃんとわかっているだけに残念ですね。Aが取れた科目だったんだけどね~。
今回は政治学の問題の方が書きやすかったんだけどなー。そっちを解答したかった。そういえば、おいらが早稲田の学生の頃、設問お構いなしに関係ない解答を書きまくって単位をもらってしまう豪快な学生もいたっけなあ。そういう学生に単位を与えてしまう早稲田という大学もある意味豪快でしたが。 ただ、さすがに慶應でそれは通用しないので(笑)、まじめにやります・・・。

慶應通信制法学部(乙類)では政治学と憲法が必修になってますが、これで必修科目の履修が完了しました。あとは今年の夏に残った英語の1単位を取れば、絶対に取らなければならない科目の履修は終了です。もう卒業論文の指導申込登録も可能なはずなんだけど、まだテーマがしっかり固まっていないので先延ばし。


日本政治史Ⅱ(中世)(2単位)

結果: C   (ノ∀`)


何度も書いてていい加減しつこいんだけどさ、

石田三成は中世の人じゃないだろ!?w

関が原の戦いのどの辺が中世なんだろうねー?
これもね、ちょっと致命的な間違いがあったんでしょうがないんだけどね。西軍の総大将って、そういえば毛利輝元なんだよね。それを間違えた 。・゚・(ノ∀`)・゚・。
っていうか、そういう問題は近世史で出してくださいよ。頼むから。まぁ、単位落とさなくてよかったけどね。・・・いや、今回が関が原ということは、次の試験では源平合戦あたりまで戻るのかも。むしろ今回は落として、次の試験で挑戦した方が成績はよかったのかもしれんなぁ・・・。

さて、今週はいよいよ外交史Ⅰのレポートにかからないといけないので、先月勉強した部分をまとめないといけません。参考文献も結構読んだけど、まだ全然まとめてないんですよね。

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2009年2月14日 (土曜日)

【ヽ(゚∀。)ノ 】ゴザンス

朝起きてすぐ、朦朧としている間に、なんだか妙なことを一所懸命考えていることがたまにあるんです。今日は「ゴザンス」という言葉について考えてました。ゴザンス・・・ゴザンス・・・なんだっけ、この言葉?って(笑)

よく、演劇や時代劇でヤクザやその筋の人が自己紹介で口上を述べるじゃないですか。例えば寅さん(車寅次郎)なんかも「わたくし、生まれも育ちも葛飾柴又、帝釈天で産湯をつかい・・・」なんていいますね。まぁ寅さんは香具師ですが、ヤクザ系の人たちと同じ文化圏に属する人物です。(ちなみに彼らの名乗る「車」という姓は、その昔関東を支配していた非人頭、車善七の支配を受けていたことを示すものと思われます。っていうか、非人ってPCで変換できないのね。)

その口上の「わたくし・・・でございます」が、カツゼツが悪くて「アッシ・・・でゴザンス」という感じに訛ったものだろうと、朦朧としながら(笑)考えていたわけです。そこで気になるのは、元ネタが一体なんだったかということ。それは恐らく大衆演劇か何かだったのだろうけど、ある程度洗練された自己紹介のスタイルや文章があるということは、その成立にはある程度教養の高い人物が関わっていたんだろうなあということを想像しました。朦朧としながら(笑)

しかし、少しずつ目が覚めかかってくると「いやいや、ちょっと待て」と思う自分が出てくるわけですよ(笑) もしもそれらの口上が演劇起源であるならば、それはむしろ明治以降に創作されたものなんじゃなかろうか。なんてことを考えた。

その筋の人たちが使う口上の起源はどこにあるのか。近代になって考え出されたものだとすると、誰が作ったものなのか。おいらが文学部の学生だったら考えてみたいネタではあります。残念ながら今は政治学科なのでそのまま論文にはできませんけどね。身分制とのからみで論じるのであれば無理矢理書けないこともないとは思いますけど。

こんな風に、おいらは寝ながら変なことを考えているんですが(笑)、もしかするとそれが大きな考えるヒントになるかもしれません。ごくたまにしかないことだけど、また記録しておきたいと思います。


またたびものって言えば、日曜日の朝にちょっと変わったアニメーション作品があるんですよね。変なことを考えていたのはその影響っていうことではないと思うんですけど。ちなみに登場するキャラクターが野菜とか果物でね。またたびものなんだけどw 主人公はネギ頭で・・・ 

ああ面倒くさい。

Photoこれだ!!
説明しにくいよなあ、これw

ねぎぼうずのあさたろう テレ朝
("ASATARO THE LEEK HEAD", EX; Link to US Animation Database)


浪曲が素晴らしいっす(笑)
なぜか毎週見てしまうというw

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2009年1月25日 (日曜日)

【大学】第4回科目試験終了(2009年1月)

なんとか終わった・・・。
相変わらず微妙な結果に(笑)

日本政治史Ⅱ(中世):

そんなのありかよ~って感じw

問題:徳川家康打倒を目指す石田三成が総大将にならなかったのはなぜか。

佐吉かよ!!w m9(^Д^)

っていうか、

中世じゃないじゃん!! 。・゚・(ノ∀`)・゚・。

石田三成っていうのはあれですね、いまNHKで放送している大河ドラマ『天地人』では小栗旬君が演じている人ですね。関が原の合戦で負けちゃうわけですが。
まぁ、なんとか書きましたよ。書いたけどさー

微妙。

Dはヤメテ・・・ orz

「信長の野望」(PCゲーム)やっててよかったよね(笑)
それにしてもさ、おいらの認識では中世なんて太閤検地のあたりで完全に終わってんだよ!軍事史的に見ても長篠の戦いあたりで終わりなんじゃないの!? 歴史の教科書でもその辺は近世だろうが!!

大学当局に日本政治史Ⅲ(近世)の開講を要求する!!(笑)


憲法(J):

問題用紙が配られた時にさ、裏からなんとなく問題が透けて見えたのね。それで「参議院廃止論について論ぜよ」なんていう文字が見えたわけ。

YES!! (゚∀゚)b

と思って問題用紙を表にしてみたら、それは

政治学の問題でした (´・ω・`)

で、憲法(J)の問題は何だったかというと、

問題:独立行政委員会の合憲性について論ぜよ

でした・・・。

この問題についてはなんとなく嫌な予感がしたので、事前に参考図書は読んでたんです。
読んでたんですが

微妙(笑)

Dはヤメテ・・・ orz

まぁ、なんとか書きましたけどね。独立行政委員会の政治的中立性については触れなかったので、厳しい教官が採点した場合は不可かもしれないなあ・・・。参議院廃止論だったらB4の解答用紙の裏まで書けたかもしれないのに。
紛らわしいんだよ!! 。・゚・(ノ∀`)・゚・。


2科目とももう一回かもしれないなあ・・・。

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2009年1月24日 (土曜日)

【大学】科目試験(2009年1月)

今日、明日は科目試験です。
今回は憲法と日本政治史(中世)。

勉強の方は8割くらいの進捗率ですが、ダメだったとしてもまた4月に受験します。
通学制で期末試験を落としてしまうと1年間もう一回やり直しになってしまいますが、通信制は年間複数回の試験があるのでその点ではいくらか気が楽です(笑)

これから三田に行ってきます。

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2009年1月19日 (月曜日)

【(´・ω・`)】先生への手紙

おいらには、今でも忘れられない出来事があります。
今日は、そのことを久しぶりに思い出しました。

第11講 やる気にもリバウンドがある
2009年1月17日 日経ビジネスオンライン
(会員登録が必要かもしれません)


もうひとつの母校、早稲田大学でのお話です。
おいらも、講義から逃げたことがありました。

2年生の頃、おいらはかなり精神的に参っていた時期がありました。
何にも自信がもてなくて、心も体もうまく働かない状態だった。
(まぁ、18歳からつい最近まで、継続的にそういう状態だったんだけど。)
それでも、そういう状況を何とかしたくて、ひとつチャレンジをしてみようと思ったことがあったんです。

おいらの所属していた社会科学部には、プレゼミというのがありました。ゼミというのは専門書を輪読したり、それについて討論をしたりする授業のことです。一般的には3年生になってからそういう授業に参加できるんですが、社会科学部には2年生から参加できる授業もあったんです。それに参加したんです。

実のところ、社会科学部にはゼミの参加義務はなかったし卒論もなかったので、単純に講義を聴いて試験に合格すれば卒業が可能でした。実際においらの先輩でもゼミに参加しなかった人もいます。吃音だったので、そういうことを気にしていたのかもしれません。本人は全然気にしていないようなことを言っていましたが、気にならないわけがないと思うんです。

おいらは子供の頃、あまり頭が良くなくて、人とお話をするのもとても苦手でした。とっさに言葉が出てこないんです。今でもちょっと苦手なんだけど。人が普通にできることも、できないことが多かった。それで随分といじめられたものです。多分、今おいらが小学生だったら普通のクラスには通えないかもしれない。そんな子どもでした。

そういうコンプレックスを何とかしようとして、必死にもがいたこともあったんです。早稲田では政治系のサークルに入りました。そのサークルでの最初の大きなイベントは、弁論大会でした。早稲田の大隈講堂を借り切ってやるんですけど、ものすごく緊張した。客なんてほとんどいないんだけど、足がガクガク震えた。もう、泣きそうだった。それでも、原稿の文章がよかったのか、おいらはなぜか優勝しました。
それでもまだ、全然自信が付きませんでした。人と対話をするのがやっぱりうまくできなくて。そういう状況を何とかしたくて、プレゼミに応募したんです。

参加したのは現代アメリカ政治かなにかの授業だったと思います。おいらの担当部分はケネディ大統領からニクソン大統領にかけての時期のアメリカの状況について、参考図書を読んで発表すること。本は、読みました。レジュメもなんとかまとめました。でも、まったく自信がなかった。先生やゼミメンバーに何か聞かれても、ちゃんと答える自信がまったくなかったんです。

おいらは発表の日、学校に行きませんでした。布団被って、泣きながら震えてました。
体調を崩したということで何とかならないだろうか・・・。そんなことも考えました。我ながら最低だと思った。しかし、一度そういうことがあると、もう二度と授業には出られませんでした。

その後、学内の廊下で先生と出くわしたことがありました。気まずかったけど、会釈をしました。先生はおいらに気が付いていましたが、眼を合わせずそのまますれ違って行きました。自分のだらしなさが原因とはいえ、とてもつらかったことを今でもはっきりと思い出します。最近はそんなことも忘れていたけれど、きっと事あるごとに思い出すでしょう。生涯、忘れることはないんです。

3年生になって、随分悩んだけれど本ゼミに参加することにしました。二度と発表から逃げまいと、一生懸命やった。怖かったけど、何とか自分の担当をこなすことができました。まぁ、先輩や同級生、後輩たちにも恵まれたんだと思う。担当教官もいい先生にあたってよかった。

おいらが逃げた「アメリカ政治」の授業。あの後、同じような講義内容の授業があって、それは頑張った。大学ではA評価(教場試験90点以上)は3科目しか取れなかったけど、「政治過程論」はその中のひとつでした。

心を入れ替えて勉強して、留年もせず結局4年で大学は卒業したけれど、それでもやっぱり、あのことだけはずっと心残りだったんです。

先生。
僕は今、慶應義塾にいます。
卒業まではまだ何年もかかると思いますけど。
慶應には卒論があって、最後の最後は僕の最も苦手な口頭試問です。

でも、今度は絶対に逃げません。

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2009年1月18日 (日曜日)

【大学】試験勉強継続中・・・

日本政治史Ⅱ(中世)の方は、なんとかひと通りまとめました。
歴史も奥が深いので、これでいいっていうことはないんだけども、まぁなんとか答案が書けるレベルには達しているんじゃないか・・・と、思う(笑)

休憩ってことで、ぼんやり風呂に入りながら考えましたけど、やはり歴史は繰り返すんじゃないかなと思いました。(ちなみにおいら、午後から夕方にかけての時間帯に風呂に入るのが大好きだったりします)

例えば「嘉吉の乱」(嘉吉元年、AD1441)。赤松満祐父子が将軍・足利義教を暗殺する事件ですが、クーデターにしては不審な点が多いようです。教科書では「構想なき革命」と評されていますが、将軍を倒した後のことがまったく考慮されていなかった。とにかく将軍さえ倒してしまえば、あとは何とかなるだろうという。同じような事例は日本史上何回か繰り返されていて、近代でも5・15事件(昭和7年、AD1932)なんていう事件がありましたね。(政治学的な分類では5・15事件はテロで、2・26事件がクーデターということになるんですが。)

現在の日本は100年に一度の不況に見舞われているといいます。しかし、20世紀からの状況を考えると、日本は今、応仁の乱以来500年に一度くらいの大変革の時代に入っているのかもしれません。応仁の乱の時代、それは中世的な価値観が根底から覆された時代でした。戦い方ひとつを取ってみても、それまでの常識がまったく通用しなくなったんです。レポートでも指摘されましたが、足軽の登場なんていうのも大きな変化のひとつでした。

室町時代は乱世で破壊の時代でしたが、それと同時に新しいものが生み出された時代でもありました。現在「日本文化」と呼ばれているものの源流を遡ると、この時代に行き着くものも多いです。茶の湯、生け花、懐石料理・・・。破壊と、創造の時代。今が室町以来500年ぶりの乱世の時代だとすると、おいらなんかは生き抜く自信が今ひとつありませんが(笑)、人によってはものすごいチャンスの時代なんだと思うんです。

昨日常識だったことが、明日にはもう通用しない。
Wheel is still spinning.
先の者は後になり、後の者は先になる。
予想を超えることや期待を裏切る出来事が、多く起こる時代なんです。



さて、今日はこれから夜中まで憲法の方のまとめです。

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2009年1月11日 (日曜日)

【大学】鎌倉時代その3(日本政治史)

今日は憲法の勉強はお休みして、日本政治史のほうのまとめです。

なんというか、財政破綻とか、700年経ってもあまり変わらないなあと思ったりして(笑)

鎌倉時代の後半になると、分割相続やら元寇の影響で、御家人の貧困化が進みます。そこで幕府は何をやったかというと、「徳政令」(永仁5年、1297年)というのを施行するわけですね。まぁ、今風にいうと「デフォルト」ってやつです。御家人は借りた金返さなくていいと。結局大混乱なわけですが・・・。

それから、政治の空洞化の問題。鎌倉時代末期になると、将軍、執権、連署、得宗家すべてが権威を失って、もともと得宗家(北条家の嫡流)の家人だった内管領に権力を握られてしまいます。教科書によると上部構造の権力空洞化と表現されていますが。

こういう、下級官僚が実権を握った政権なんて、洋の東西を問わず歴史上ろくなことにはならないんですね。例えば昭和時代、日本を戦争に導いたのは陸軍大学、海軍大学出身のエリート集団でした。しかも大佐や中佐といった中堅クラスが実権を握っていました。彼らは軍人であると同時に、陸海軍省、あるいは参謀本部・軍令部で働く官僚だったんです。官僚支配の弊害ということでは、隣の中国・朝鮮もひどかったようですね。官僚支配の状況になると、大体政治が腐敗してですね、国が滅びるわけです。現代の日本もかなり危ないかもしれませんね。

政治が空洞化した北条政権下で起こったのは、安易なリストラでした。鎌倉幕府の御家人は地頭として荘園に派遣されているわけですが、政権末期には政府に彼らを保護する気概がなく、荘園領主から御家人に関する苦情が上がってくると、彼ら御家人は詳細な審議もなく、いきなりリストラされています。なんだか最近の日本の状況に被るなあ・・・。

幕府の保護を受けられずに切られた元御家人がどうなったか。荘園領主・幕府に反抗するものが激増していきます。まぁ、当然の成り行きですね。日本史では彼らを称して「悪党」と呼びます。そして、その後の鎌倉幕府がどうなったかは、まぁ皆さんお分かりですよね。

歴史って、本当に繰り返すんですねぇ。

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2009年1月 9日 (金曜日)

【大学】鎌倉時代・つづき(日本政治史)

おいらね、高校の時に一応は日本史を習いました。ただ、3年生のときの配当科目だったので、時間が足りなくて結局最後まで終わらなかった。そもそもおいらは大学受験が世界史選択だったので、日本史の時間に世界史勉強してたりして(笑) そういうの、教師も半分認めていたところがあった。何も覚えてないわけだよ・・・。

それ以前に出席日数足りなくなるくらい休んでたし (^-^;A)

そんなわけで、いろいろと基本的なことを知らなかったりするんです。
「在庁官人って何?」とか「国地頭と荘郷地頭の違いって何?」とか・・・。
日本史用語集から勉強しなおさないと追いつかないです (´・ω・`)
守護って、もともと義経捜索・追討のために設置されたものだったんですね(惣追捕使)。
へ~。 ・・・って、何を今更(笑)

とりあえず織豊時代まで見ておかないといけないんで、先は長いぜ・・・。

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2009年1月 8日 (木曜日)

【大学】労働基本権(憲法)

これもわりと教場試験で出されやすいテーマのようです。
一般に公務員は争議行為をしてはならないという決まりになっています。罰則もある。しかし、「全農林警職法事件」のような、学説から批判される有名な判決があるのでよく出題されるんですね。ちなみにこの判決では、公務員の労働基本権に対する制約は合憲であるという判断でした。

さて、公務員の労働基本権を制約する場合の根拠には次のようなものがあります。

1.「地位の特殊性と職務の公共性」論
公務員は公共の利益のために働いており、争議行為は公務の支障となり、国民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすという説です。「国民全体の共同利益」という概念が抽象的で無内容という批判があります。

2.「財政民主主義」論
公務員の勤務条件は国民の代表である国会で制定されるのであって、政府に対して争議を起こすのは筋違いである。また、民主的に行われる公務員の勤務条件の決定に対して異議を唱えることは議会制民主主義を脅かすという説。これに対して、法が求める公務員の勤務条件の決定というのはあくまで大枠でのことであって、議会制民主主義の下でも公務員の団体交渉を制度化することは可能であるという批判があります。

3.「市場抑制欠如」論
民間企業の場合、労働者の過大な要求は企業そのものの存立を危うくし、労働者の失業を招く。また、労働争議によって製品・役務の提供が滞れば、やはり企業・労働者双方に不利益があるので、民間での争議行動には市場の抑制が自然に働く。しかしながら、公務員にはそのような抑制が働かないので法による規制もやむを得ないという説。これに対しては「争議行動権の理解が不足している」というような批判があるようです。

4.「代償措置」論
公務員の労働基本権を制約する場合には代償措置をとらなければなりません。人事院の設置などもそういう措置のひとつです。しかし、その代償措置があまりにも形式的に過ぎるという批判があるようです。代償措置を設けさえすれば労働基本権を制約できるという考え方になっているという。その措置が十分であればまだいいんですが、不十分であるという批判もあがっています。


確かに公務員というのは公共の利益のために働くとされていますが、その「公共のために働く」というのはどういうことなんでしょうかね。一般の民間企業は営利団体であるといっても、その活動は絶え間なく社会に還元されています。およそ人間の組織する団体で、公共の利益に影響を与えないものはないような気がします。大きな企業になればなるほど公共性は高くなる。最近はCSRについてもよく取り上げられるようになりましたね。

また、大企業は社会に対する影響力の大きさから、その活動は国家の活動と同列にみなすような動きもあります。「ステート・アクションの法理」なんていうのがそう。本来は国家の権力から国民の権利を守るために制定された憲法を、大企業や、国家に準じる権力を有する団体から国民の権利を守るために適用できないかというところから発展してきた考え方です。

ともかく、現代では公共のために働いているのは何も公務員ばかりではないわけです。公共性の強弱はあろうかと思いますが。そう考えると、公務員に対してのみ労働基本権を制約するのはフェアじゃないような気もするんですね。まぁ、おいらみたいな考え方をする人というのは少数派なんでしょうけど、職種がなんであれ労働者に対して労働基本権を制約するのは違憲のような気がします。

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2009年1月 7日 (水曜日)

【大学】鎌倉時代(日本政治史)

今日は日本政治史のほうの勉強です。
もう時間がないので詳しくは書かないですけど。

「得宗専制」っていうのも、わりと教場試験で出題されるテーマのようですね。
その成立過程と、その後の幕府崩壊までの経緯をまとめておく必要があります。

今度の3連休は試験勉強漬けになるなあ・・・。

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2009年1月 6日 (火曜日)

【大学】国民主権(憲法)

今日のテーマは国民主権でした。
ちょっと前にも書きましたけど、「国民」っていうのは何なのかという問題があるんです。

実は、国民主権には二つの要素が含まれています。
ひとつは「権力性契機」と呼ばれるものです。国の政治のあり方を最終的に決定する権力を国民自身が行使するという理念。この考え方から導かれる「国民」というのは、実際に政治的な意思表示ができる人のことを指します。つまり有権者ということ。

もうひとつが「正当性契機」と呼ばれるもので、国家の権力行使を正当付ける究極的な権威は国民が保持しているという理念です。ここから導かれる「国民」というのは日本国民全員のことになります。

主権者である「国民」をどう捉えるかは人によって違っていて、かなり混乱しているようです。この国民主権原理国民代表制原理などを使って「小選挙区制は違憲か否か」というような問題を考えていくんですが、抽象的でかなり難しいです・・・。
試験で出ませんように(笑)

日本政治史のほうも勉強しないといけないんだけど、時間なくなっちゃったなあ。

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2009年1月 5日 (月曜日)

【大学】生存権(憲法)

今日の勉強テーマは生存権。(ちなみに日本政治史の方は鎌倉幕府の成立のあたりでした)

さて、最近は派遣社員が大量に解雇されていて、多くの人が生活保護を申請せざるを得ないような事態になっています。その生活保護ですが、本当に生活するのにギリギリの金額しか支払われません。まず預金がある場合は申請できませんしね。ネットなんか無理だし、車も駄目なのかな?(地方の人はどうするんだろう。仕事に行かれませんよね。都会に住めってこと?) かなり不自由な生活になってしまうと思われますが、そこで「金額が低すぎる」っていうことで訴えを起こすことができるかどうかというのが今日の問題です。

日本国憲法第25条は生存権について規定しています。日本国民は「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」という、かなり有名な規定です。この規定をどう考えるかですが、主に三つの考え方があるようです。

1.プログラム規定説
つまり「努力目標」っていうことで、国は法的な義務を負っていないという説です。これが現在の判例の立場のようです。

2.抽象的権利説
憲法25条は、国民が健康で文化的な生活を営む権利を保障していて、国はそれに対応する義務を負っているという説。ただし、この権利と義務の関係はあくまで抽象的なものなので、この条文を根拠にして直接的な請求は行えないという立場です。
しかしながら、生存権を実現するための法律(生活保護法のようなもの)がある場合は、その法律で実現される具体的な権利保障について、憲法25条を援用して裁判で争うことができるという考え方。多数説だそうです。

3.具体的権利説
憲法25条は国民に法的・具体的請求権を保障したものであるとする説。立法が不十分であればその違法性を問えるし、生存権を保障する立法が存在しない場合は立法不作為を問うことができるという立場です。

さて、憲法というのはそもそも公法です。国民に対して直接的に効力を及ぼすものではないとうのが一般的な考え方だと思います。憲法というのは、国民に対して国家が示す一種の約束事で、その約束事を実現するために民法や刑法などの私法を整備して対応するわけです。そう考えると判例がプログラム規定説を採るのもわかります。
しかし、「努力してます。違憲じゃないです。以上。」で切り捨てられてしまうと、生存権に関する問題について裁判での救済というのがほとんど期待できないことになってしまいます。それはやっぱりまずいんじゃないか。

判例ではこの生存権の理念の実現について、行政と立法に対して大きな裁量を認めています。よほどのことがない限り司法審査をしないんです。だとすれば、生存権の理念を実現するためにはほとんど政治の力に頼らざるを得ないということになります。

社会的弱者を救済できるのは法律ではなく、政治なんです。

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2009年1月 4日 (日曜日)

【大学】権力分立(憲法)

これからしばらく、その日に勉強したことなんかを書こうかと思ってます。
記憶の定着にも役に立つかなと思うので。

今日のテーマは「権力分立」
憲法の教科書っていうのは、たいがい第一部と第二部に分かれていて、それぞれ「人権」「統治」について記述されています。「権力分立」は近代憲法の基礎的な部分なのでどちらの部でも語られるんですが、どちらかというと「統治」の部のカテゴリに入ります。

日本が三権分立制を採用しているっていうのは小学校の社会科から習うことだと思います。立法・行政・司法の機能が分けられていて、その権力の行使はそれぞれ国会・内閣・裁判所が担当するという。これは権力がひとつの機関に集中することを避け、国民の権利を保護するという目的でそういうことになっているわけです。ところが日本国憲法第41条では、国会は「国権の最高機関」と規定されているじゃないですか。そこで、この規定は権力分立の原理と矛盾しないかという問題が出てくるわけです。

日本国憲法にはもうひとつ、「国民主権原理」というのがありますね。すべての権力の源泉は日本国民にあるということ。(まぁ、その国民の定義は何かっていう問題もあるんですけど) ともかく、国会というのは主権者である日本国民に選ばれた議員によって構成されているので、その意味で「国権の最高機関」なんです。権力分立といっても、日本の場合は三権均衡状態ではなくて国会優位なんですね。ただ、優位とはいえ、内閣の議会解散権や裁判所の違憲立法審査権によってその権力は制約を受けていますから、まったく権力分立原理と矛盾しているとはいえないわけです。「日本は国会優位の権力分立である」というのが通説のようです。

ただ、これは理論の話であって現実とは違うんですけどね。(行政権の肥大化の問題)


ところで、おいら、最近誤字が少なくなったような気がする。
ノートはボールペンで取るようにしてるんだけど、以前と違って修正箇所が少なくなりました。漢字の偏とつくりを逆さに書くのも減ってるし、ちょっとは進歩したかなあ(笑)

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2009年1月 3日 (土曜日)

【大学】勉強はじめ

【大学】カテゴリ、2009年最初の記事です。
昨日、一昨日は日本酒が入っちゃったので勉強どころじゃなくてさ(笑)
結局今日からスタートです。
平成20年度最後の教場試験が1月の終わりにあるので、それに向けて「憲法」と「日本政治史(中世)」の勉強を進めます。

おいらねー、しっかりしてそうに見られがちなんだけど、実は計画通りに物事を進めるっていうのがものすごーく苦手なんですわぁ 。・゚・(ノД`)・゚・。
しかし、これも通信制の大学生に課せられた修行のひとつだと思うので、頑張ってみます・・・。とりあえず試験までの予定はある程度決めてあるんですよね。学習項目の優先順位とか。社会人なので突発的な仕事もあるかもしれませんが、その辺は臨機応変にやります。常に予定なしでやってるので、むしろそっちの方が得意だったりして(笑)

今日の憲法の学習項目は「公務員の人権」。教場試験でもわりとよく出題されます。有名な判決には「全逓東京中郵事件判決」なんていうのがある。公務員っていうのは政治活動が禁止されてますよね。国家公務員法でそう規定されています。違反すると罰則もあり。しかし人権尊重の観点から、「それって本当に合憲なの?」「根拠は何なの?」「異論はないの?」っていう問題が起こってくるわけです。

公務員も我々と同じ日本国民ですから人権は尊重されるべき。政治活動の禁止については職務内容などを個別具体的に判断し、「必要最小限度」の制約のみが許されるとする学説が主流のようです。(職務性質説)

こういう、違憲の疑いがある法律っていうのは実は結構存在するんですよね。恐らく現行の著作権法もそうなんだろうと思います。


さて、今年の勉強予定は・・・

前半:「日本外交史Ⅰ」「日本外交史Ⅱ」「西洋外交史」
5月までにレポート提出、7月教場試験。

後半:「日本法制史Ⅰ」「産業社会学」「社会政策」
12月までにレポート提出、来年1月教場試験。

これで16単位。
この他に夏季スクーリングで英語と選択科目を取る予定。これが3単位。
全部あわせて19単位。

さて、うまく行くかどうか (^-^;A)

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2009年1月 2日 (金曜日)

【2009年】抱負的なもの

さっきも書いたんだけど、初夢最悪でね~・・・。
これは何かの警告かもしれんなあと思ってしまいました。
おいら、そういうのあまり信じないんだけど。
『クリスマス・キャロル』っていう作品があるじゃないですか。ディケンズの。
因業ジジイのところに3人のクリスマスの精霊(?)が現れて警告するって話。
スクルージかおいらはw (ノ∀`)

最近は勉強サボってましたからね。もうちょっと気合入れてやらないといかんなあ。
去年取った大学の単位は8単位でした。今年度ということでいえば1月の試験の2科目が勘定に入るんですけど、それが仮に合格したとしても14単位です。去年は職場環境が激変していて、特に前半が忙しかったっていうのもあるんだけど、もうちょっとやれたような気もするんですね。

そういうわけで、今年は16単位取得(スクーリング含む)を目標にしてみようかと思います。英語が1科目残っているのでそれも取る。

仕事の方はほとんど変化がないと思うけど、現在の世界情勢を考えると何が起こるかわかりません。もしもの時の備えが必要です。少なくとも現在の年収額を超える程度の蓄えが欲しい。今のところ若干足りていないので、その分を頑張って貯金します。

目標:プラス100万円。

仕事は安定しているとはいえ、おいらも非正規雇用の一人です。いつどうなってしまうかわかりません。最悪の場合、自分で何か始める必要があります。そのための準備として、ひとつ資格を取っておこうと思います。

資格:行政書士

本当は社会保険労務士にしたかったんだけど、試験が大学のスクーリングの時期に重なっちゃうんでね。それに、今の自分の実力を考えた時に、どちらかというと行政書士のほうが合格できる可能性があるので。この資格、今はかなり難しくなってるらしいですね。

独立前提ということではなくて、今の仕事をずっと続けられればそれに越したことはありません。今は総務の仕事が多いし、取っておいても無駄にならないと思います。これから法務に関する仕事も増えそうですし。

景気が悪くなってきて失業者が増え始めると「それなら独立を考えたらいいじゃない」なんてことを言う人がいますけど、そんなに簡単なものではありません。士業っていうのはあまり元手がかからないので独立しやすいことはしやすいんですが、独立したからといってすぐに仕事が舞い込んでは来ませんよね。営業活動が必要なんです。他の業種にもいえることですが。そうすると仕事が軌道に乗るまではほぼ無給になることを覚悟しないといけません。融資を受けようにも、実績もないし審査に通りません。だいたい、金融機関も貸した金を必死に回収しようとしている状況なのに、どこの馬の骨かもわからんような人に新規に貸したりしないでしょう。だから、独立するには最低でも1年、できれば3年間無給でも生活できるだけの蓄えが必要なんです。

そもそも今日の生活にも困っているような人が、いきなり独立なんかできるわけがないんです。ところがそういう人たちに向かって「独立したらいいじゃない」なんていうことを言う人がいるんですね。「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」っていう話に近いです。

最低な状況に陥らないように事前に対策しておく必要があるっていうのはその通りなんですが、皆がみんなそのような行動がとれるかというと、これはかなり難しいんです。そもそも若いうちから貧困状態に入っちゃうと抜け出すのが極めて難しい。そういう人たちへの対策っていうのは本来政治がなんとかしなければならないんだけど、この国の政府はまるで当てにならないので民間でなんとかしないといけません。

そこで去年の暮れにも書きましたが、

日本人青少年の就学に対する支援活動に参加する。

これは目標でもなんでもないんですが、一応書いておきます。

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2008年12月30日 (火曜日)

【読書】封建制の文明史観 (35/100)

やっとこさ35冊目。今年はもう無理(笑)

『封建制の文明史観』 今谷明著 PHP新書 2008年

ちょっと前に日本政治史(中世)のレポートを書いてたんですよ。この本を読んだのはレポートを提出した後だったんですけど、いろいろと興味が出てきたので読んでみました。1月に教場試験もあるし、何かの参考になるかもしれないしね。

日本はアジアの中にありながら、アジアの他の国とは文化的にかなり違う部分があります。むしろヨーロッパに似ている。その理由についてはいろいろな考え方があるわけですが、そのひとつとして日本と西ヨーロッパはともに封建制の時代を経験しているということがあげられます。日本の社会システムはもともとヨーロッパに近いので、そのおかげで他のアジア諸国に先駆けて近代化に成功したと言えるかもしれません。

かつて早稲田の学部学生だった頃、レポートを書くのに参考文献として梅棹忠夫先生の『文明の生態史観』(中公文庫)を読んだことがありました。そこにもやはり同じようなことが書かれていたのを思い出します。その時に、日本は「ファーイースト」ではなくて「ファーウェスト」なのかもしれないなと思いました。ヨーロッパを中心に世界を見た場合、日本はヨーロッパの最西端に当たると。対馬海峡の向こうとこちらは別の文明圏なんだろうなと。別にそれがいいとか悪いとかの話ではなくてね。

戦後の日本の歴史研究というのはちょっと歪んでいた時期があって、封建制についてもこれまで正しい評価がされてきたとはいえない状況です。もちろん新しい社会を作っていく過程でそれ以前の体制が否定されるというのは当然起こりうることなんですが、それが特定のイデオロギーと結びついてしまうと科学的な分析が難しくなってしまいます。近現代の日本社会は旧体制である封建制の上に成立しているものだと思いますし、現代日本の成り立ちを理解するには中世・近世をイデオロギー抜きで再検討する必要があると思います。

封建制の文明史観 (PHP新書) Book 封建制の文明史観 (PHP新書)

著者:今谷 明
販売元:PHP研究所
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2008年12月18日 (木曜日)

【大学】日本政治史(中世)レポート返却

先月提出した日本政治史Ⅱ(中世)のレポートが返って来ました。

結果: A  \(^O^)/

しかもフルマークでした。
「テキストの理解」「問題の趣旨の把握」「参考文献の利用」「文章の構成・論旨」、オール5です。

涙が出るほど嬉しい。
今日受験してきた資格試験は多分合格するんだろうけど、そんなのより何千倍も嬉しい。


高校生の頃、おいらは世界史が得意でした。
他の教科と比べて、定期テストや校外の模擬試験では良い点が取れてました。
数学がまったく出来ない分、世界史だけは頑張った。
しかし、論述っていうのがものすごく苦手で・・・。

世界史の授業では毎回レポートを書かされてたんだけど、おいらは1年間ずっと5段階評価の3でした。何をどう書いても、どう頑張っても4や5は取れませんでした。
それがものすごく悔しかった。

おいらが歴史のレポートで満点取れる日が来るなんて、夢にも思いませんでした。
あゆみはものすごく遅いけど、確実に進歩してるんですね。
またひとつ、夢を叶えられたような気がします。

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2008年12月 3日 (水曜日)

【読書】不機嫌な職場(33/100)

大学で産業社会学という科目があるんですけど、そのレポートに使えそうかなと思って読んだ本。今年読んだ本33冊目。

『不機嫌な職場』 高橋克徳+河合太介+永田稔+渡辺幹 共著
講談社現代新書 2008年


確かにね、職場での人のつながりが薄れているっていうのはあると思いますね。
実は今、おいらは自分の会社を離れて他の会社に派遣されているんだけれども、そこなんか極端でね。その事業所にはその会社の正社員が一人もいません。複数の会社から人が寄り集まっていて、雇用形態もバラバラだったりします。勤務の形態も賃金も一様ではないからやりにくいことはありますね。指揮命令系統が混乱したりしてね。今いるところはそれほど忙しくもなく、おいらにとってもあまりストレスがたまらない職場なんですが、これが周囲を顧みる余裕もないほど忙しい職場だったとしたら間違いなく人間関係が崩壊するでしょう。

かつておいらが心と体を蝕まれて再起不能寸前まで追い込まれた職場がそうでした。そこもやっぱりいろいろな会社から人間が寄り集まってできていて、お互いのことなどほとんど何も知らないような職場だった。だから隣の人がどんな人かあまりよくわからなくて。しかも機密性の高い情報を扱っていたのでなおさらでした。仕事も忙しかった。環境自体も非常に悪くてね。機密情報を扱う部署だから窓がなくて時間もよくわからない。昼なのか、夜なのか・・・。職場にたどり着くにはいくつかの生体認証もくぐらなければならなかった。(体重が変わると厳重に注意された)おいらは、人間ではありませんでした。機械ですらなかった。パーツだった。

程度の差はあるにしても、今はどこも職場に余裕がないようですね。(おいらは暇だけど。っていうか、もうあんまり働けない。)現代の日本のような状況だと労働者は孤立しがちになってしまうんでしょう。日本は先進国の中でも労働生産性が極めて低いですが、労働者が分解された機械のパーツのようになってしまっているところに問題があるんでしょうね。今回読んだこの本の中では「協力」というキーワードが出てきますが、パーツを組み立てなおす努力を早急に行うことが求められているように思います。

組織のための個人でも、個人のための組織でもない、個人と組織がともに支え合い、良い影響を与え合う、新たな協力関係をつくりだしていくことが必要なのだ。
(201頁より引用。)


おいらが慶應義塾の通信制に入学する時に書いた論述の内容は「共通体験」に関わることでした。インターネットの発達した社会では多くの情報がありすぎて、むしろユーザーは自分の興味がある情報しか選択しなくなるという。情報が多ければ多いほど、人間の視野が狭くなるジレンマがあるんですね。多くの人が同じ情報を共有しにくくなるんです。そういう状況を回避するには「共通体験」が必要であるという、アメリカの憲法学者の説があります。

誤解のないように書いておきますが、世の中をひとつの価値観で縛ってしまおうということではないんです。どう考えたって隣にいる人は自分とは違うんです。まず、そこをはっきりと認識しないといけない。その上で、その隣にいる人のことをもっとよく知って、その人の価値を認めないといけません。そして他人にも自分にも、その社会の中で与えられた重要な役割があるんだということも認めないといけない。機械のパーツからパズルのピースへ、ということです。

そういえば、おいらがよく訪れるブログにも最近、多様性に関する記事がありました。

社会を強くするもの (サステナ・ラボ)

多様な価値を認めることがこの国の労働生産性を高め、持続可能な社会を構築することを可能にすると、おいらは信じています。

不機嫌な職場~なぜ社員同士で協力できないのか (講談社現代新書) Book 不機嫌な職場~なぜ社員同士で協力できないのか (講談社現代新書)

著者:河合 太介,高橋 克徳,永田 稔
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年11月25日 (火曜日)

【大学】勉強再開・・・

今日から1月の教場試験に向けて勉強開始です。
すでにレポートが合格している「憲法」と、土曜日に発送した「日本政治史(中世)」。

これまで出題された問題を見てみると、憲法は基本的な問題が多いようです。
統治行為論とか。
(慶應通信制2年目以降の人には、過去2年間に出題された教場試験課題を収録した冊子が配られるようです。1年目はそういうものが送られて来ていなかったような気がしたんだけど、おいらだけ?)

レポート課題で深く考えさせて、教場試験で必須の知識を問うような形になっているのかもしれません。

憲法。
早稲田の方でも1年生の時に専門教育科目として履修しましたけど、それ以来です。かなり久しぶりです。本当に久しぶり。
ちなみにその時の期末試験の問題は2問あって、どちらかを選択して答える形式だったと思います。1問目は「砂川事件について論ぜよ」でした。慶應通信制の教場試験でもたびたび登場する統治行為論の問題ですね。
そして2問目は「女性天皇の是非を論ぜよ」だったように記憶しています。おいらはこちらを選択しました。どんな解答だったかは、今となってはまったく思い出せません(笑)
確か否定的な論述でまとめたような気がします。

おいらは高校生の頃、論述試験って苦手でした。あんまり論理的な方じゃなかったから。
なにしろ、本来は文学部志望だったからね。
それでもこの憲法の試験では、1年も大学にいると意外と書けるようになるものなんだなあと思って感慨深かった思い出があります。育ち盛りだったからなのかな。

今回もあの時のように書けるといいんだけど。

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2008年11月24日 (月曜日)

【大学】2008年第3回科目試験結果発表

さて、毎回恒例の(笑)

日本政治史

結果: A       \(^O^)/



日本政治史Ⅰ(古代)

結果: C        (ノ∀`)



あああ、よかった~!!
古代の方、絶対不可だと思ったもん。
しかし、ホントにおまけしてくれた感じだよなあ・・・
基本的な用語を間違えて記憶してたんだよね。
歴史学では致命的。
文学部だったらアウトだったろうな。

結果オーライですが (゚∀゚)  

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2008年11月22日 (土曜日)

【大学】日本政治史Ⅱレポート完成

日本政治史Ⅱ(中世)、
レポート完成! \(^O^)/


あああ、疲れた・・・。
頭の中ではわかってるんだけど、それを文章に組み立てるのが難しい。
もどかしいです。

それにしても、こんなに長くかかるとは思わなかったし。
途中で資格試験とか余計なものが入ったからかなぁ。

何はともあれ、これで来年1月の教場試験が受けられます。

さて、次は日本外交史の予定。
と、その前に産業社会学のレポートを書くか?

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2008年11月19日 (水曜日)

【大学】レポート格闘中 (;´Д`)

今週は日本政治史(中世)のレポートを書いてます。
これからまとめの部分に入るところですが、やっぱりなんとなく違和感があります。
毎回、自分の説にどう説得力を持たせるかで苦労する。
毎回っていっても、まだレポート5本目なんだけど。

参考文献をうまく利用すればいいんだけど、下手にやると切り貼りになっちゃう。
いわゆるコピペってやつです。
しかし、それはまずい。
あくまで自分の考えが主であって、参考資料はその補足でなくてはいけません。
とても難しいんですけどね。
おいらはその「自分の考え」をまとめるのに相当な時間がかかるから、
レポートの進み具合はどうしても遅くなりますね。

まぁ、おいらの場合は急いで卒業する必要はないし、ゆっくりやりますけど。

なんとか土曜日までにまとまればいいなぁ。
地元の図書館で借りた本の返却期限なんで(笑)

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2008年11月17日 (月曜日)

【大学】日本政治史(中世)

ようやく頭の整理がついてきたので、いよいよレポート作成にかかります。
ペース遅いね(笑)

中世、特に室町時代っていうのはとてもわかりにくいんです。
しかしその「わかりにくい」っていうところが突破口になったかも。
「わかりにくい」ものっていうのは、「わかりやすい」方向に進もうとするものなのかもしれません。そして応仁・文明の乱はひとつのきっかけになったんだと。

具体的に書いちゃうと学則違反で停学になっちゃうので書きませんが(笑)

さて、今週中に書きあがるかどうか。

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2008年10月23日 (木曜日)

【大学】中世編突入

この前の試験では日本政治史Ⅰ(古代)の出来が思わしくなかったわけですが、
過ぎたことを思い悩んでも仕方がないのでとりあえず日本政治史Ⅱ(中世)の
勉強を進めています。
そういえば、まだレポート書いてなかったんだっけ・・・。

今日はとりあえず古代編の復習で「保元・平治の乱」のあたりをまとめ。
中央政界に武士が進出してきた頃のお話です。
もう少しすると「以仁王の令旨」がきっかけで、例の源平合戦の話になるわけです。
懐かしいですねー、源平合戦。
中学生の頃、平家物語の出だしの部分を暗唱させられましたっけ。

「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
 沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす・・・」


っていうくだり。驕る平家は久しからず。
何しろ戦記ものですからねー。それ以前の文学とはまったく違って荒々しいですよね。

「首ねじ切って捨ててんげり」

なんてね~。なぜかその部分だけツボにはまって今でも覚えてたりして(笑)
ちなみに敵の首を「ねじ切っちゃった」のは巴御前(女性)だったりします。

まぁ、源平合戦っていうと、おいらの場合は手塚治虫先生の『火の鳥・乱世編』
なんかを思い出しちゃったりしますが。

そういえば、昨日かおとといくらいにトラックバックが来たんだけど、
『まんが日本史』なんていうのもあったね、そういえば。
懐かし~(笑) おいらもたまに見てたような気がします。
もっと古い番組で、もうひとつ歴史もののアニメがあったような気がするんだけど、
あれはなんていう番組だったかなぁ?
「曽我兄弟の仇討ち」なんかが記憶に残ってますけど。

結局漫画とかアニメで勉強してた子供の頃のおいらw (ノ∀`)

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2008年10月20日 (月曜日)

【大学】単位取得状況

高校生の頃、日本史をほとんど捨てたために基本的な知識が欠落していることが発覚 。・゚・(ノ∀`)・゚・。

これはいかんということで、高校生用の問題集を買って来ました・・・。
目指せセンター「日本史B」90点以上!w m9(^Д^)

違う違う!!ww

本屋に行ったら「日本史B」の参考書はたくさん置いてあるんだけど、
「A」はないの?
っていうか、そもそも「A」と「B」ってなんなの? 何が違うの??
よくわかりませんなぁ?

さて、そろそろ今まで取得した単位をまとめておかないと大きな間違いを犯しそうなので
記録してみる。

総合教育科目 40単位

おいらが学生だった頃は「一般教養」と言っていた科目群ですねぇ。
おいらは学士入学なので40単位認定です。
この総合教育科目がかなり難しいらしいですね。
夏スクーリングでは物理とか化学なんかは実験があるらしいじゃないですか。
まぁ、それはなんだか楽しそうだけど。
統計学とか難しいんだって。体育うざーw
よかった。学士入学で(笑)

外国語科目:

英語Ⅰ A 2単位
英語Ⅱ A 2単位
英語Ⅲ B 2単位 (ここまでテキスト履修)


英語(ライティング) A 1単位 (スクーリング)

計7単位 (残りあと1単位)

他の大学では学士入学なら外国語も認定してくれちゃうところもあるみたいだけど、
慶應は厳しいんだよね (ノ∀`)
「もう一度全部やり直してください」ってことで・・・。
残りの1単位はスクーリングか放送授業で取らなきゃならないんだけど、どうするか。
CDか、ネット配信を利用するっていう手もある。

必修科目:

政治学 C 6単位

計6単位
 (残り:「憲法」 4単位)

慶應の法学部乙類(政治学科)の場合、必修科目は2科目です。
次の試験で憲法が取れれば必修科目は終了です。
一回で受かる気がしませんが・・・w 。・゚・(ノ∀`)・゚・。

選択必修科目:

ヨーロッパ中世政治思想 A 2単位

計2単位
 (残り18単位)

今回の試験で「日本政治史」が取れるといいなぁ・・・。
「日本政治史Ⅰ」はダメなような気がするな・・・orz

選択科目:

日本政治論 B 2単位 (スクーリング)
日本政治史 A 2単位 (スクーリング)
日本政治史 A 2単位 (スクーリング)
国際政治論 A 2単位 (スクーリング)

計8単位


同じ科目があるじゃないかと思われるでしょうが、OKです。
同じ名前の講座でも、担当教員が違っていれば2科目までは大丈夫です。
(あくまで慶應ルールですが)

現在までの取得単位数: 63単位/124単位

半分を超えました \(^O^)/
まぁ、ほとんど学士で認定された単位なんだけど(笑)

今回の試験でようやく何とか勉強に慣れて来たような感じです。
今期はちょっと気合入れて頑張るぜ!!

今後の勉強予定:

憲法
日本政治史Ⅱ
日本外交史Ⅰ
日本外交史Ⅱ
西洋外交史
アメリカ政治史 ・・・


歴史を極めちゃうぜ!!(笑)
法学部なのにw

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2008年10月19日 (日曜日)

【大学】2008年第3回科目試験

今日は試験を受けに三田まで行ってきました。
今の時期のキャンパスは爽やかで気持ちがいいです。

B群 日本政治史

1月の試験でDだったこの科目。
今回はDっていうことはないと思う。
それでも納得がいっていない部分もあるんだけど、手ごたえはありました。

今日はこれぐらいにしといてやろうかのう m9(^Д^)

っていう勢いで書いた(笑)


A群 日本政治史Ⅰ(古代)

もう一回だな・・・ orz

なんとなく近いところまでは書けたんだけど、完璧に認識を誤っている
部分があるので、Dは避けられないような気がする・・・。

去年科目試験を受けた時に、二日間びっしり予定が入っている人を見て
すごいなと思ったけど、

同じ試験を何度も受けてるっていうことだったのかもねw (ノ∀`)


今回ダメでも、また3ヵ月後に受ければいいんです!! (#゚Д゚)
1月は日本政治史Ⅱ(中世)と一緒だから、それはそれでいいのかも。
明日から早速勉強です。

1月の試験予定:
憲法(J)
日本政治史Ⅱ(中世)


日本政治史Ⅰ(古代) 。・゚・(ノД`)・゚・。

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2008年10月18日 (土曜日)

【大学】2008年夏スクーリング結果発表

明日の試験に向けて最後の追い込みをしていたら、夏スクーリングの結果が大学から届きました。

結果:

国際政治論(2単位)

A \(^O^)/

日本政治史(2単位)

A \(^O^)/


よっしゃあぁぁぁ!!  (゚∀゚)



ちょっとだけ元気でた(笑)
通信制大学の場合、スクーリング授業の試験は「持ち込み可」が多いし評価も甘めなんですけど、やっぱりちょっと嬉しい。

明日の教場試験は当然ながら「持ち込み不可」。日本政治史(古代)の方は、さっきまとめが終わりました。後は日本政治史(近代)の大正期以降をもう一度見直しておくだけ。大体どんな問題が出ても答えられるんじゃないかと・・・思うw (^-^;A)

それにしてもねー、慶應の試験って早稲田の試験と比べてはるかに難しいような気がするのは気のせいかね!? (時代や、学部にもよると思うけど)

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2008年10月15日 (水曜日)

【普通の日記】月がきれいでした

家に帰ってくるとき、月がきれいでした。
今日は満月だったのかな?

Photoおいらの部屋の前に咲いてる金木犀
いい匂いがします。

今は試験勉強中なので、風流を楽しむ余裕もあまりないんだけど (^-^;A)

日本政治史Ⅰ(古代)の方は、ようやく「薬子の乱」のあたりまでまとめました。高校生の頃、なんだかサッパリわからなかった、あの「薬子の乱」(笑) 歴史も数学と同じで、流れを把握していないとわけわかんなくなるんですね。この事件も藤原氏が権力を握ってきた過程を理解していないとよくわからないです。

日本政治史(近代)の方は明治中期の政治状況のまとめ。近代政治史で重要なのは、政治的な影響力が藩閥から政党へ移っていく過程、政党から軍部に移っていく過程を理解することです。まぁ、1月の試験では見事に「D」だったおいらが言うのもなんなんですがw (ノ∀`)

風邪引いてあまり調子がよくないので、今日はとりあえずここまで。

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2008年10月 6日 (月曜日)

【大学】試験勉強中・・・

今月の後半に大学の定期試験があるので勉強中。
いまやってるのは日本の古代史です。なんだか、日本の政治って1300年前と大して変わっていないような・・・(笑) この件については、気が向いたらまたそのうちに書きます。

大学の定期試験が難しいのは、「~の意義について論ぜよ」みたいな問題が多いところ。ちゃんとした知識がないと、まったく解答できません。今回受験する科目も、過去にどんな問題が出ているか一応は知ってるんだけど、それとは別に自分で問題を作って解答してみる必要があります。通信制が難しいっていうのはこういう部分なんでしょうね。

試験っていえば、先月に嫌々受験した(させられた)資格試験の一次、
合格しちゃったよ (ノ∀`)
さんざん落ちる落ちるって言っておきながらw
なんだかなぁ・・・。 まぁ、所詮はマークシートだからね。
二次試験、面倒臭いぜ・・・。

ちなみに一次ではこんな問題が出ます。

軟鋼中で横波が裏面などの平面に入射角αsが30度で斜めに入射したとき、縦波の反射角βLは(  )度である。この場合、反射横波の音圧反射率は概略(  )%であり、大部分のエネルギーは(  )に変換する。だたし、軟鋼中の縦波の音速は5900m/sで、横波の音速は3230m/sとする。

おいらは通信系の資格を持っているので、こういうのはわりと理解が早いです。光ケーブルの理論でも登場する「スネルの法則」を知ってるので。

っていうか、日本政治史と平行してこんなの勉強しなきゃならなかったからホント大変だったわ。も~勘弁して欲しいっす(笑)

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2008年10月 4日 (土曜日)

【六大学野球】脱落 ヽ(゚∀。)ノ

今日も天気がよかったので神宮球場へ行ってきました。

第一試合:明治対法政。
3-0で明治の勝ち。

そんなこたどうでもいいんです!!w (ノ∀`)

問題は第二試合の東大対慶應です。

負けました。東大に。2-1で。
ついに恐れていたことが現実になってしまいました。

打点0。初回に取った1点は東大のエラーが原因なので、打点は0!

今期の東大はかなり手強くなっているとはいえ、これほど打てないとは・・・。
優勝はもうかなり難しいだろうなぁ。
それどころか4位、5位に落ちる可能性が出てきてしまいました。
まぁ、最下位ってことはないんだろうけど・・・?

仮に明日の試合で慶應が勝ち点を奪われると、東大にとっては27年ぶりの快挙ということになります。今日の様子ではかなりヤバイ。

しかし、これは東大を褒めるべきなんでしょうね。
鈴木投手はとてもよい。球自体はあまり速くないんですが、打ちにくいんだと思われます。
また、守備が相当うまくなってます。内野も簡単に抜かれなくなった。
特に三塁の岩崎選手、遊撃の濱田選手、二塁の高橋選手はなかなかのものです。
その他の選手も気迫溢れるプレーを随所に見せてくれました。
数年前の東大とはまったく別のチームのようです。
打撃の方はまだうまくつながっていかないところもあるんですけど、安打は以前と比べて大幅に増えています。本格的につながり始めたら、恐ろしいことになるなぁ。

・・・っていうか、慶應も頑張ってちょうだいよ 
。・゚・(ノ∀`)・゚・。




学生応援席の近くで観戦してたら、チアのお姉さんに見とれていた小さい男の子発見。
かわいい ( ´∀`) ちょっと和んだ。
そのチアのお姉さんがまた、結構かわいいんだわ(笑) ミス慶應か?ってくらいに。
やっぱり、どんなに小さくても男は男なんですねぇw (゚∀゚)

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2008年10月 1日 (水曜日)

【歴史】大東亜戦争

今日はこんな記事がありました。

麻生首相、「大東亜戦争」と表現 戦争観問われ
2008年10月1日2時21分 asahi.com
リンクはすぐに切れると思います。


日本がアジアで戦った昭和前期の戦争について、実は統一された表現がありません。

昭和16年(1941年)12月から昭和20年(1945年)8月までの戦争を「太平洋戦争」と表現していますが、これはアメリカ側からの視点で命名されているため、日本がアジア地域で遂行していた戦争の総称としては適当ではありません。日本が米英その他と戦っている一方で、大陸では中国とも戦争状態だったわけですから。

昭和12年(1937年)7月から昭和20年(1945年)8月にかけて、8年間にわたり中国大陸で展開された戦いを日本近代史では「日中戦争」(支那事変、なぜか変換できないと表現します。しかし、これも対中国限定の表現なので、「あの戦争」の名前としてはふさわしくありません。

昭和14年(1939年)9月から昭和20年(1945年)8月までの第2次世界大戦ですが、日本が連合国に宣戦布告したのは昭和16年だし、大体、昭和14年にはすでに中国と戦争状態だったので、当時日本が行った戦争の総称としてはふさわしくないといえます。

昭和6年(1931年)9月に勃発した満州事変から昭和20年の終戦までをひとつの区切りとして「15年戦争」と言うことがありました。おいらも小学生の頃にそういうタイトルの本を読んだような気がしますが、この表現も誤りです。満州事変は昭和8年(1933年)の塘沽(タンクー)協定で収束していて、その後4年間、日本は戦争状態ではなかったからです。

今現在「あの戦争」を表現する統一呼称はないわけですが、岩波書店が中心となって「アジア太平洋戦争」という表現を広めようとしているようです。まだあまり一般には浸透していないようですが。どうも、日本が主体となって遂行した戦争には思えないような気もしますけどね。個人的な意見としては。

さて、「大東亜戦争」ですが、戦争に負けてGHQから使用を禁じられるまで、これが例の戦争の正式名称でした。昭和16年12月12日に閣議決定されています。ただし、こちらの呼称も昭和16年12月8日以後の戦争を指していると解釈されるようなので、それ以前に展開されていた中国大陸での戦争は含んでいません。例の戦争(昭和12年~昭和20年)の総称としてはふさわしくない。

この前の慶應の夏スクーリングで日本政治史を受講してきたんですが、その講義でも少しだけこの問題に触れました。講師の先生曰く、「好きなように呼んでください」だったけどね(笑) とにかく、あの戦争の呼び方についてはとても曖昧です。しかも誰も触れたがらない。なぜこういうことになってしまったかというと、戦争の呼称について必要以上にこだわり、しかも「大東亜戦争」の呼称を忌み嫌っている人たちがいたから。まぁ、日教組なんかもそうなんだろうけどね。あの戦争のことを「大東亜戦争」と表現するだけで「反動だ」とか言われちゃうんですよ(笑) 中国・東南アジア・太平洋での戦争を統一的に表現しようとした場合、正式に閣議決定された「大東亜戦争」の呼称を日中戦争まで拡大して解釈するのが便利なんですが、そもそも議論にならないんです。自分が絶対的に正しいと信じて疑わない人たちとは科学的なお話ができません。

確かに「大東亜戦争」というのは「大東亜共栄圏」であるとか「東亜新秩序」などの思想の延長上にある呼称だし侵略戦争を正当化しているという意見もあるんだろうけど、逆にだからこそ残すべきなんじゃないかと思うんですけどね。どんな奇麗事を並べたところで、結局戦争には勝てなかった。そういう冷厳な事実を示すのにこれほど適当な呼称はないと、おいらなんかは思うんですけどね。ひとつの教訓としてね。

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2008年9月27日 (土曜日)

【六大学野球】辛勝

今日は天気がよかったので神宮球場に行ってきました。
慶應対明治と、立教対早稲田。
うちの市のJR駅から神宮球場のある信濃町まで、実は乗り換え1回で行けます。2時間くらいかかるけど(笑) 今日は久しぶりにのんびりと電車の旅でした。
帰りは適当な電車の便がないのでやっぱり高速バスだったけどね。

で、慶應の試合ですが・・・。
勝ったことは勝ったけど、なんかいろいろと問題があるような。
相変わらず打てませんね。チャンスを生かせません。守備もよくない。
明日も勝てるといいんだけどねー。
明治に負けると優勝戦線から脱落しちゃうからなあ。

第二試合は立教対早稲田。
おいらは立教側で観戦です。早稲田OBなのにw
慶應側の一般内野席にそのまま居残ったら、そこがそのまま立教の応援席になったのさ。今日は久しぶりに早稲田側に行ってみようかと思ったんだけど、人いっぱいだったのでやめました。なんでこんなに人いっぱいかと思ったら、

やっぱり早稲田の先発が佑ちゃんでした(笑)

試合の方は・・・。
立教、エラーしまくり。どうもイマイチしまらない感じだなあ。
これはもしかすると東大に負けるかも。
東大対立教戦、見に行きますw (゚∀゚)

野球とはあんまり関係ないけど、球場に行くと毎回面白い人がいます。
今回は野球のルールがよくわかってないらしいお姉さんと、多少わかっているお姉さんの二人組みが近くにいました。立教がヒット打たれたりエラーするたびに「えぇ~!?」とか「あ゛~!!」とか奇声を上げてましたっけ(笑)

(゚∀゚) 「今の何!今の何!?」


ファウルですw (ノ∀`)


(゚∀゚) 「取った~!(←センターフライだった) アウト~!!

・・・え!? 何で走ってんの? 何が起こったの!?」



犠牲フライです!!w 。・゚・(ノ∀`)・゚・。


面白すぎww
ルールが多少わかってる方のお姉さん、説明が大変そうでしたw 
ああいう女の子と野球見たら面白いだろうなあ(笑)
神宮球場、スタンドも面白いぜ。

面白いといえば、学生野球には応援団の「呼びかけ」っていうのがあります。
まぁ、すべるネタが多いですけど(笑)
これは何かっていうと、相手側のスタンドを挑発するわけです。
今日の立教の呼びかけネタは、

野球も女の子も立教のほうが上だー!!

でしたw

うん。敢えて否定しない(笑)

確かにね~、立教のチアはかわいかったっす (*´∀`)
チアダンス、最高にかわいかった。

早稲田の方の応援席って最近行ってないから雰囲気がよくわからないけど(裏切り者w)、チアリーディングの技術力は相当あがってましたね。遠くで見ててもよくわかる。驚きました。スタンツなんか、ものすごいことになってた。早明戦は早稲田側に入ってみようかな。

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2008年9月25日 (木曜日)

【大学】ノートの取り方を変えてみた

今は10月中旬の定期試験に向けて試験勉強中。
日本政治史日本政治史Ⅰ(古代)の2科目を受験します。
それで、今回からノートのつくり方をちょっと変えてみることにしました。

ちょっと前に読んだ本で『マインドマップ』っていうのがあったんですけど、それを応用してみることに。簡単に言っちゃうと、ノートに絵というか、相関図みたいなのを書くんです。あまり長い文章は書かない。まぁ、落書きって感じです(笑) なかなか面白いですね。

罫線があるノートだと見にくくなっちゃうので、無地のものを調達してきました。
色がないと寂しいので、とりあえずマーカーも3色買ってきた。
まだ慣れてないからうまく書けないんだけど、これはちょっと使えそうです。いろいろ「落書き」してる間に、いいアイディアが涌いてきたりして。試験とは直接関係ないんだけど、次からはそのアイディアもどこかにメモっとこう。

今日のネタはとりあえず邪馬台国から ( ´∀`)


仕事に役立つマインドマップ―眠っている脳が目覚めるレッスン Book 仕事に役立つマインドマップ―眠っている脳が目覚めるレッスン

著者:トニー・ブザン
販売元:ダイヤモンド社

Amazon.co.jpで詳細を確認する

↑この前読んだ本。

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2008年9月22日 (月曜日)

【試験】また試験勉強なわけです (ノ∀`)

10月の中旬に大学の定期試験があります。
今回は2科目です。今週から試験勉強にかかります・・・。

昨日受験してきたような選択式で知識を試す資格試験はね、実は内容をあまり理解していなくても合格しちゃいます。おいらみたいに試験慣れしている人間ならなおさら。勉強する範囲がある程度決まっていて問題集がちゃんと用意されているような試験の場合は、受かるだけならそんなに難しくないんです。必ずパターンみたいなものがあるからね。それは高校受験や大学受験でも同じ。ホント、受験生の皆さんに教えてあげたいくらい。(受験のためにする勉強なんて、弊害が大きいからやめた方がいいと思うけどさ)

・・・といっても、試験の得意不得意は個人の資質や経験によるところが大きいのもまた事実なので、なかなか教えてあげるのは難しいと思うけどね。巨人の長嶋さんがプレーヤーとしては一流だったけど、監督としてはイマイチだったみたいに。

まぁ、一番簡単な方法は自分の気に入った問題集をひたすら解くことかな。最低3回以上。自信がない人は5回でも10回でも。ここで重要なのは、自分にとってちょっと易しめの問題集を選ぶということと、自分が気に入った問題集1冊だけをひたすら解くということ。納得いくまでできたら次はもうちょっと難しめの問題集を調達してきて振り出しに戻る(笑) 力技ですが、一番効果が期待できます。こういう力技を継続してやっていると、そのうちに頭の中の回路が突然つながる瞬間が必ず来ます。)

しかし、大学の定期試験となるとそう簡単に良い成績を取ることはできません。本当の知識が試されます。当然、全問論述式。論理的な文章が書けないと容赦なく落とされます。受験勉強とはまったく別の回路が要求されるんです。特に慶應は厳しいと思う。早稲田はかなり楽だったけど(笑) (今はどうだか知らないけどね)

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2008年9月 7日 (日曜日)

【読書】海の帝国(29/100)

これも大学の参考図書なんですけどね (^-^;A)
先月、甲子園へ行く途中の高速バスと新幹線のなかで読んだ本。

『海の帝国』 白石隆著 中公新書 2006年

おいら、早稲田の社会科学部では東南アジアについてちょっとだけ勉強していたことがあります。おいらが在籍していた当時、早稲田の社学っていうのは自分の専門は自分で見つけるシステムだったから、特にそういうカリキュラムがあったわけじゃなくて個人的に勉強していたということ。ゼミ(「演習」といって、講義とは違う発表形式の授業のこと)での発表は発展途上国問題や人口問題なんかをテーマにしました。だから、今回の夏スクーリングで受講してきた国際政治論(東南アジア)はとても懐かしかったんです。

一口に「東南アジア」といっても、とらえどころがないです。その中にある国はそれぞれ文化も違うし、歴史も違うし、政治体制も違うし、東南アジア全体に詳しい人っていうのはいないはずです。この本を読むと、この地域の多様性をあらためて考えさせられます。そんな多様な文化の集合地域なわけですが、それじゃあ「東南アジア」を学ぶ意味っていうのは一体どこら辺にあるんだろうかなんて思うんですよね。

本書の中でも、また講義の中でも出てきた言葉ですが「日本とアジア」、「アジアの中の日本」という二つの概念があります。従来の日本っていうのは「日本とアジア」という立場です。客観化、相対化されたものの見方で、つまり自分たちはアジアの一員だと思っていないということ。「わたし援助する人、あなた援助される人」。「あなたとは違うんです」みたいな(笑) どこか一歩引いている部分があるんです。それに対して最近急成長している中国はどうかというと、こちらは「アジアの中の中国」という立場です。これを日本は脅威と捉えている。恐らく中国は日本とはまったく違った価値観で東南アジア地域と関係を持とうとしているんですが、日本にはその価値基準というものがよくわからないので脅威に感じるというわけです。まぁ、思い込みだけじゃなくて本当に脅威な部分もあると思いますが。(それにしても、どこら辺が脅威でどこら辺が脅威じゃないのかすらよくわからないのは、とてもまずい。)

東南アジア研究というのはまだまだ歴史の浅い分野なんですが、今後は日本にとっても重要な研究分野になっていくはずです。それも、域内にある個々の国の歴史や体制を研究するんではなくて(それも大事なんですが)、「東南アジア」というシステムそのものを研究する方向でです。

海の帝国―アジアをどう考えるか (中公新書) 海の帝国―アジアをどう考えるか (中公新書)

著者:白石 隆
販売元:中央公論新社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年9月 6日 (土曜日)

【読書】逆説の日本史8 中世混沌編 (27/100)

大学の「日本政治史Ⅱ(中世)」のレポートの課題が応仁の乱の政治史的意義についてなんで、参考になるかなと思って読んだ本。

「逆説の日本史8 中世混沌編」 井沢元彦著 小学館文庫 2007年

昨日の近代史に続いて、学校で勉強してないシリーズ(笑)
確か高校3年の冬休み直前くらいだと思うんだけど、歴史の教師に「この辺、自分で読んどいて」って言われた。間に合わなかったんだね・・・。
っていうか、通信制かよ!!w (ノ∀`)

だから、おいらは室町時代のことってあまりよく知らなかったんです。乱世だし、人間関係が複雑だから特によくわからない時代だっていうのもある。この時代の研究自体も、実はあまり進んでいないらしいですね。乱世なので歴史的な資料が焼けちゃったりしてるんです。残念ながら。まぁ、京都丸焼けだしなぁ。そういう事情もあるので、あの歴史の先生もこの時代のことを教える自信がなかったのかもしれません。大学院まで行っている、わりと優秀な先生だったんだけどね。

それにしても室町時代、ホントにむちゃくちゃです。特にこの本に出てくる第8代将軍足利義政なんていう人は、政治家としては最悪なんで。まったくやる気なしでね、早く引退したいから弟を無理矢理に世継ぎ候補にするんだけれども、間が悪くて正室の日野富子が子供を生んでしまいます。そこで世継ぎをどうするかについてはっきりしなかったもんだから、結局、日本中を巻き込んだ内戦状態になってしまいました。応仁・文明の乱と呼ばれる戦乱です。で、この男、京都が焼け野原になっているときに何をしていたかというと、歌会に酒宴です。まったくもってやる気無し(笑)

遊び人の足利義政と比べるとちょっとかわいそうな気もしますが、安倍さんや福田さんの辞任を見ていると、今の日本は室町時代以来の乱世なのかもしれないなあと思います。ところでこの足利義政、遊び人なので(笑)、日本文化に対する貢献度に関しては評価が高いです。銀閣を造ったのもこの人ですね。「書院造」ってやつです。床の間の原型。それから、能楽の発展にも大きな貢献をしています。

現代に受け継がれている「日本文化」と呼ばれるものの源流は室町時代に求められることが多いようですね。生け花、茶の湯、それから将棋なんかもそうなんだそうです。本の中でひとつ興味深かったのは「将棋は戦争ゲームではなく、モノポリーのようなマネーゲームである」っていうあたり。確かにそう考えると、取った駒を再び使えるルールをすんなり理解できるんですよね。室町時代っていうのは貨幣経済が急速に発達した時代でもありましたし、そういう歴史的背景も影響しているのかもしれません。

室町時代、ちょっと面白くなって参りました(笑)



逆説の日本史〈8〉中世混沌編―室町文化と一揆の謎 (小学館文庫) 逆説の日本史〈8〉中世混沌編―室町文化と一揆の謎 (小学館文庫)

著者:井沢 元彦
販売元:小学館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年9月 5日 (金曜日)

【読書】日本の近代(26/100)

いや、大学の参考図書なんですけどね(笑)
放送大学の教科書だそうです。こういうのもカウントしないと年間100冊読むのは・・・
多分もう無理なんだけどね (^-^;A)

日本の近代―国民国家の形成・発展と挫折 (放送大学教材)
鳥海靖著 財団法人放送大学教育振興会 2005年

おいらはamazonで買ったけど、一般の書店では手に入りにくい本かもしれません。
内容はとてもわかりやすいです。日本の近代史に興味がある方にはお薦めです。

おいらの高校だけだったのかもしれないけど、おいら、日本史ってちゃんと勉強してないんです。高校3年のときの配当科目だったんだけど、結局カリキュラムが消化できませんでした。江戸時代の後半ぐらいで終わりだった。黒船、来なかったし(笑) だから、実は近代史ってあまりよく知らなかったんですね。

だからこれまで知らなかったことや意外な事実が結構出てきます。例えば、「無産政党は戦時体制に反対していた」なんていう話。ウソです。まぁ、共産党は非合法だったのでそれ以外の社会主義を目指していた政党なんですが、彼らは戦時体制に協力しました。1938年(昭和13年)に成立した「国家総動員法」を、社会大衆党は支持したんです。

なぜか。
戦時体制っていうのは統制経済の社会ですよね。社会主義に近いわけです。国民の自由が制限されることは、社会主義への道を開く。彼らはそう考えたわけです。そして、この「国家総動員法」を立案した企画院には、転向した元社会主義者が多く所属していました。この法律は、社会主義者が作ったんです。そして結局、彼らの「革命」の成果は、大日本帝国の崩壊という形で現れたわけです。

おいらたちが教科書で教えられた(っていうか、高校で日本近代史なんてやらなかったわけだけど)歴史というのは、実はあまり正確ではないということがよくわかります。

それにしても、現代でも何を考えてるのかよくわからない政党ってありますよね。与党にくっついてるあの党とか。まぁ、言ってることは正しいこともあるんだけど、どうもイマイチ信用ができません。

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2008年9月 2日 (火曜日)

【歴史】憲政の常道

福田さん、辞めちゃいましたね。
それで、前の安倍さんが辞めた時にも野党の議員の皆さんが「憲政の常道」なんていうことを言っていたような気がします。

憲政の常道。
戦前のごく短い間ではありましたが、日本は二大政党制のような感じになっていた時期がありました。立憲政友会立憲民政党が交互に政権をとる時代があったんです。ある政党が不祥事を起こして退陣すると、次は別の政党が政権を担当するという。この時代を「憲政の常道」時代というんですね。ちょっと見た感じではよさそうなシステムに見えるでしょう? 「常道」っていう言葉の響きもいい。おいらもしばらく前まで誤解していた部分があります。ところが、この「憲政の常道」がその後の戦争につながるきっかけのひとつだったと言ったら、皆さん信じますか?

現代日本の内閣総理大臣は衆議院で多数を占めた政党のリーダーが就任するのがお約束になっています。国会議員であって、国会で指名されれば別に誰でも構わないんですが、「国会で指名される」ということはつまり多数決になるわけです。仮に自民党が衆議院で多数を占めているとすると、当然内閣総理大臣は自民党の議員が多数決で指名されますよね。しかも自分たちのリーダーを総理に推すはずです。だから自民党の総裁になるってことは、首相になることとほぼ同じということになるんです。まぁ、自民党が衆議院の議席の多数を占めているという前提のもとでっていうことですけど。参議院で衆議院の指名した人物とは別の人物が指名されることもありますが、とりあえずその話は置いておきます。結局は衆議院の指名が優先するから。

ところが戦前の日本では、総理大臣は議会ではなく天皇に指名されていました。実際には天皇を補佐する元老に指名されるわけですが、議会は関係ありません。議会で劣勢な政党から総理大臣が指名されることもありましたし、そもそも政党とは関係ない人が総理大臣になることもありました。昭和初期は元老・西園寺公望が総理大臣を指名する権限を持っていて、この人が「憲政の常道」という考え方を持っていたわけです。誤解がないように書いておきますが、この西園寺という元老はわりとリベラルな考え方を持っていた人です。まぁそうでしょう。問題があった政党に連続して政権を与えず、次は必ず野党に政権をまわすように配慮したわけですから。

しかし、この「憲政の常道」には大きな落とし穴がありました。
二つの有力な政党があったときに、ある政党が不祥事で政権を失った場合、野党であるもう片方の政党が必ず政権をとることができるというシステムです。勘のいい人はもうわかったと思いますが、激しい足の引っ張り合いになるんです。政治なんかそっちのけで。とにかく与党を引きずり降ろしさえすれば、必ず自分たちが政権をとることができる。「憲政の常道」っていうのはそういうシステムなんです。

そういう状況で日本史上痛恨の一撃とも言えるある問題が起こります。1930年(昭和5年)のロンドン海軍軍縮条約締結に対して、軍や右翼が「統帥権の干犯」を唱えた問題です。細かい説明は省きますが、このときの濱口雄幸内閣は軍縮で妥協しました。それを「弱腰である」と叩かれたんですね。「統帥権」っていうのは何かっていうと軍隊を動かす権限で、「天皇大権」とされていたものです。海軍を動かす「軍令」は天皇を補佐する海軍軍令部が握っているのであって、内閣であろうが口を出すことは許されないと主張したわけです。まぁ、屁理屈なんですが。軍縮条約は「軍政」に関わることなので統帥権は関係なかったんだけどね。むしろ内閣の所管です。ところが、その屁理屈が通ってしまう。その当時の内閣はとても権力が弱かったんです。なにしろ帝国憲法に内閣の規定がないくらいですから。

条約自体は締結されて批准もされたんですが、その後に大きな禍根を残すことになりました。「統帥権の干犯」なんていう屁理屈を認めてしまったら、国際条約、特に軍縮条約なんかまともに締結できなくなるじゃないですか。この問題が起こったときの与党は立憲民政党で、総理大臣は濱口雄幸でした。(外務大臣は幣原喜重郎) そしてこのとき、野党であった立憲政友会は軍と同調して濱口内閣をそれはもう激しく攻撃したんです。なにしろ、「憲政の常道」システムでは与党を潰しさえすれば必ず政権がまわってきますからね。ちなみにこの当時立憲政友会の党首だった人物は犬養毅です。そして与党を激しく攻撃した政友会議員の一人は鳩山一郎でした。犬養毅はその後、昭和7年(1932年)5月15日、政党政治に不満を持っていた青年将校らのテロに遭遇し、射殺されました。皮肉な運命です。

一見よさそうに見えるシステムでも、思わぬ落とし穴があるんですね。現在でも自民・民主の二大政党が交互に政権を取るのが望ましいと言われることがありますが、それが制度として固定化されたとき、再び戦前と同じようなことが起こるのかもしれません。実際のところ、今回の総理辞職だって衆参のねじれが原因のひとつにありますよね。野党が話し合いに応じなければ政治が少しも前に進まないわけです。参議院で多数をとりさえすれば内閣を潰すことができるという前例ができてしまうことが果たして正しいことなのか、もう一度考える必要があるかもしれません。場合によっては参議院を廃止して一院制にすることも考えた方がいいと思います。

それでもおいらは、自民党はしばらく野に下ったほうがいいと思ってるんだけどね。

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2008年8月31日 (日曜日)

【時事】4つの視点

先日、慶應義塾で国際政治についての講義を受講してきました。おいらは国際政治学についてはあまり詳しくないのですが、国際政治を見る場合、大きく分けて4つの見方があるようです。

1.「安全」に主眼を置いた現実主義
2.「平和」に主眼を置いた自由主義
3.「正義」に主眼を置いた国際社会論
4.「幸福」に主眼を置いた国際政治経済論


細かい説明は省きますが、「安全」「平和」「正義」「幸福」は現代の国家が国民に保障するべき4つの価値です。これらのどこに主眼を置くかで国の政策が変わってきます。4つの価値全てを保障しようとすると「大きな政府」になる。まぁ、いわゆる「バラマキ」になりがちで、公共投資の配分によっては大きな批判を受けるパターンですね。税金も上がります。「安全だけは保障するから後は勝手にやってくれ」ということになると、「小さな政府」になります。緊縮財政で公共投資もカットですから地方にはウケが悪いでしょう。状況が悪ければ昭和時代初期のようにテロを誘発します。

国際政治はこれら4つの視点から見ることができますが、それぞれ関連性がないので、違う視点で物事を見ている人とは話が通じないという状態になります。まぁ、そういうことがないように大学教育っていうものがあるんだと思いますけどね。人の意見に納得はできなくてもせめて理解はできるように、できるだけ多くの事例を学ぶわけです。文系学部の存在意義っていうのはそのあたりにもあるんだろうと思います。

おいらは大学(早稲田の方)を卒業後、ある通信関係の会社に入社してすぐ、国際協力に関係した仕事でザイールという国に行ったことがありました。ちょうど内戦直前で、日本人にとっても非常に危険な状態でした。「日本人は反政府運動の標的だから絶対に一人で出歩くな」と、大使館から厳重に注意されていました。当時のザイールの政治がどうなってたかよくわかりませんが、西側(資本主義陣営)からの援助を受けつつ共産圏とのつながりもあるような国だったようです。出張中に産業博覧会を見に行きましたけど、中国製品がいっぱい。というか、ほとんど中国製品。地下資源も豊富ですし、ソ連・アメリカが積極的に介入していたような地域でした。貧しい国にはありがちなことですが、反政府運動が共産主義とつながっていて、貧困=アメリカのせいみたいなところがあったんです。

そして日本ですが、これは「腐敗した政府を援助するけしからん輩」ということになります。しかもアメリカと同盟している。「人民の敵」なわけです。ザイールにも青年協力隊の隊員が来ていて立派な活動をされていましたが、日本政府から派遣されている以上、現地の反体制派にしてみれば敵以外の何者でもありません。

日本はアメリカとの同盟で自国を防衛する「現実主義」を採っています。ただ、日本の場合は同盟といっても憲法上の規定によって武力の行使ができないので、経済的な協力を重視した「自由主義」の立場でもあります。経済的に発展して市場が大きくなれば皆が豊かになれるというという思想で、実際、ある時期までは日本もそれで上手くいっていました。しかし、実はそれだけでは不十分で、大きくなった富の分配という問題があります。「なぜあいつらだけ豊かになって俺たちは貧しいままなのか」という不満は、やがてテロや暴動につながっていきました。この問題を解決するためには伝統的な価値観だけでは足りなくて、第4の価値、国際政治経済論的視点が必要なんです。

この第4の視点を重視して活動しているのがNGOの皆さんです。しかし、日本政府はまったく別の価値観で外交を展開していますから、彼らがどれだけ中立を叫ぼうとも、日本人はやはりテロの標的になってしまう。今後も日本がアメリカとの共同作戦を続ける限り、日本人はテロリストの標的になるでしょう。日本は今、アメリカ、中国、ロシアの間で「現実主義」の政策を採り続けるのか、それとも第4の道を選ぶのか、大きな岐路に立たされています。日本国民の安全を守るためにどうすればいいのかという問題で、簡単に答えは出せないと思いますが、個人的には伝統的な価値観は通用しなくなりつつあるのではないかと思っています。

原油を大量に輸入している日本がインド洋に海上自衛隊を出すのは当然であるという話はわかります。国際協力もしなければならないというのもわかる。しかし、そうであるならばアメリカと関係なく日本独自でやることだってありうると思うんです。海賊退治が必要ならば、日本独自で護衛艦を出せばいい。今朝も何かの番組で高村外相が「海賊がアルカイダと関係している」と言ってましたが、そもそもそれは確かな情報なのか。(前法相の友達の友達もアルカイダらしいですが) アメリカを支援してアルカイダなんていう実体のよくわからないネットワークを相手にするよりも、自分たちで目の前にいる海賊を撃退する方が効果的だと思います。

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2008年8月26日 (火曜日)

【大学】日本政治史Ⅰレポート返却

やっと家に帰ってまいりました。夏スクーリング自体は昨日で終わりだったんですけど、会社に出した休みの申請が一日間違っていたので今日も休みだったりします(笑)
わざとじゃないよ (^-^;A)

家に帰ってきたら、この前提出した日本政治史Ⅰ(古代)のレポートが返送されて来てました。帰ってくるのが速いですね。1ヶ月かかってないような?(いつ出したかよく覚えていない)

評価:

A \(^O^)/

講評でもかなり高い評価を頂きました・・・。
頑張った甲斐があったなぁ。5月から6月にかけては一日に勉強できる時間はせいぜい20分から30分。しかも仕事は3週間一日も休みなし。そんな中で参考図書を何冊か読まなきゃならなくて大変でした。やればできるもんなんだね(笑)
まぁ、レポート書いたのは「地獄の3週間」の後の休みだったんだけど。

さて、今回おいらがスクーリングで受講してきたのは国際政治論日本政治史でした。(人物を特定されると嫌だったので敢えて書かなかったんだけど(笑)
やっぱり、歴史は面白いです。近代史はイライラするけどね(笑) 卒論に対する心構えなんかも聞くことができて、大変参考になりました。日本政治史の方では興味深いテーマをいくつか見つけることができた点で大きな収穫がありましたね。

卒論。早い人でも確実に2年は付き合わなくちゃいけないし、人によっては7~8年、長い人なら10年以上同じテーマを追っかけないといけないわけだから、やっぱり自分が「好きな」テーマを選ぶべきなんでしょうね。退屈しないような。そういうものじゃないと説得力が出てこないっていうのは、おいらもそう思います。

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2008年8月24日 (日曜日)

【映画】最後の早慶戦

大学のほうのスクーリングもいよいよ大詰め。明日は試験があります。今日は休みなので準備をしないといけない。・・・のですが、慶応も早稲田も夏休み期間中の日曜日は図書館が開いてないのでネットカフェで勉強することにします。

週末だし映画でも見るかってことで昨日の夜に見た作品。早稲田を卒業し、現在は慶応義塾の塾生であるおいらが見ないわけにはいかんだろうということで。
例によって学割使って見てきました。(笑) まぁ、史実に基づいてかなり忠実に描かれているので映画としては盛り上がりに欠ける部分もありますが、出演者の皆さんの熱演はすばらしいものがありました。特に飛田穂洲先生を演じた柄本明さんと、慶応義塾塾長・小泉信三先生を演じた石坂浩二さん。内容については敢えて書きません。
食堂のお姉さんはかわいかった(笑)

おいらが早稲田大学に入学したとき、本部キャンパスの脇には映画で登場した球場がまだありました。名称は安部球場に変わっていましたが、戦争中には戸塚球場と呼ばれていた球場です。今は中央図書館になっている場所にあったんです。今も本部キャンパスと図書館の間の坂道は「グランド坂」と呼ばれていますが、あの坂がなぜ「グランド坂」なのか知っている現役学生は少なくなっているかもしれませんね。おいらたちは、あの球場の実物を見た最後の世代になってしまいました。確か球場が閉鎖される直前に、本当に最後の早慶戦があったはずなんだけど、なぜかおいらは見に行ってないんですね。見に行けばよかったなあ。なにしろそのころは”鬱”だったので、あらゆることに興味がわかなかったからしょうがないんだけど。

それにしても、何で彼らは死ななければならなかったのかと、映画を見てあらためて思います。戦地に赴き斃れた早慶両校の関係者は約7000名と言われています。早稲田側については数字がわかりませんが、慶応義塾では2223名の学生が犠牲になったようです。なぜ「約」なのかというと、どこで死んだかわからないような人がたくさんいるからなんですね。映画でも戸田選手の兄が戦死して葬儀が行われるシーンがありましたが、遺骨も戻ってこないわけです。骨壷に、骨の代わりに石ころが入ってるんです。

映画の中の葬儀のシーンでもちょっと出てきた話ですが、大学教育を受けた学徒兵っていうのはいきなり士官になったりしたようです。自分より年上の兵をまとめて戦う。ちゃんとした教育もなく、即戦力として戦場に投入されます。なまじ知的レベルが高いばかりに、まともではない教育でも戦闘機を飛ばせるようになってしまったりするので、彼らのなかには特攻隊員として死んでいった人も多かったようです。戦争で死ななければ、その後どんな活躍をしたかわからない人たちです。そういう人財が無駄に死んだ。彼らをアメリカの戦艦に突っ込ませた連中こそ真の国賊、万死に値する。・・・と、エキサイトしちゃいましたが、とにかく、兵隊をちゃんと訓練できなくなっている時点で戦争に負けてるんです。終わってるんです。これは今の日本にも言えることなんだろうけどね。

おいら、慶応義塾では日本政治史を専攻しようと思ってるので、今も少しずつ近代日本史の勉強も進めていますが、日本の近代史は勉強すればするほどイライラするんです。日露戦争後第二次世界大戦に至るまで、何度も戦争を避けるチャンスはあったんです。

何度も何度も何度も!! 

ところが、そのチャンスをことごとくふいにするんです。

映画の出来については賛否が分かれるところだと思いますが、過去の悲惨な出来事を忘れないようにするためにも、こういう映画は定期的に作られていかなければならないんだろうなと、おいらは思います。

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2008年8月13日 (水曜日)

【大学】夏季スクーリング

今年もまた、この季節がやってまいりました。

夏季スクーリング。

去年と同様、Ⅲ期に出席します。授業自体は18日から始まるんですが、おいらは明日から本格的な休業状態になってしまうので、スクーリングの前に旅に出ます(笑)

とりあえず明日は甲子園だな。
慶應vs青森山田の試合を見に。甲子園って初めていくなあ、そういえば。
ちょっとワクワク~w

その後は・・・
風の向くまま、気の向くまま。

そんなわけで、来週まであまり更新はできないと思います。

では (゚∀゚)

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2008年7月26日 (土曜日)

【読書】仕事に役立つマインドマップ(24/100)

ブログ開設以来200本目の記事です。 \(^O^)/

大学の参考図書以外の本も読みたいなあと思って読んだ本です。昨日は久しぶりに仕事もなかったし、ゆっくり休養ができました。この本の帯に書いてあるキャッチコピーは、「仕事ができる人は、「落書き」がうまい。」です。ほら、うちのブログのタイトルって「落書きノート」じゃないですか。それじゃぁ読まなきゃなー。「落書き」つながりってことで(笑)

ところで、学生時代にノートの取り方を学校で教えてもらった人ってどれくらいいるんでしょうか。残念ながらおいらは教えてもらった記憶がありません。まぁ、不登校気味の子供だったので、おいらがいない時にそういう授業もあったのかもしれませんが(笑)

『仕事に役立つマインドマップ 眠っている脳が目覚めるレッスン』
トニー・ブザン著 神田昌典監修 近田美季子訳 ダイヤモンド社 2008年

簡単に書いちゃうと、絵を描くんですね。絵というか、図。木の枝か根っこのような図で、関連のある単語をつなげていくんですね。直感的にわかるし、確かに問題を整理するのには役に立ちそうです。学校でも教えればいいのに(笑)

そういうノートの取り方っていうのは、実はそんなに珍しいものではありません。おいらが大学生の時に(早稲田のほう)、「先輩」が似たようなノートの取り方をしていました。同じ講義を受けていたときに、横からノートを覗いてみたんです。おいらは罫線からはみ出さないように字を書いていくタイプでしたが、そいつは罫線なんかお構いなしで絵やら記号なんかをノートいっぱいに書いてました。高校から同じクラスで(おいらは1年間遠回りしたので、大学では彼の方が先輩になってしまった)、実はあんまり好きな奴じゃなかったんだけど(笑)、そのノートの取り方は参考にさせてもらいました。
企業の品質管理で使われるフィッシュボーンチャートとか樹状図なんかも、わりと「マインドマップ」に近いですね。

これは結構使えそうです。卒論を書くときに使えそう。日々の予定から受験勉強、事業計画までおおよそあらゆることに応用できそうです。今は日本政治史Ⅱ(中世)の勉強に取り掛かってますが、早速お絵かきしてみたいと思います(笑)

頭の中を整理することの利点のひとつは、考え方がポジティブになることなんですよ。本書の中でもひとつの章を「いじめを克服する」というテーマに割いています。直接的な解決につながるかどうかはわかりませんが、心構えを作るという点で「マップ」が役に立つことがあるだろうと思います。

ほとんどの起業家は、最後にようやく成功する前に平均5回は失敗しているそうだ。
(第5章 チームを成功に導く 133頁より引用)

人生は逃げるためでなく、生きるためにある。
(第6章 いじめを克服する 167頁より引用)

今回は2時間弱で流し読みしちゃいましたが、今後も参考にしたいと思います。

ところで、こういう「マインドマップ」みたいなの、DSかなんかで発売したら面白いかも。
一般企業の人だけじゃなくて、学校の先生や学生さんにも使って欲しいですね。
政治家の皆さんなんかもね。

仕事に役立つマインドマップ―眠っている脳が目覚めるレッスン 仕事に役立つマインドマップ―眠っている脳が目覚めるレッスン

著者:トニー・ブザン
販売元:ダイヤモンド社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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【読書】白村江以後(23/100)

今回の大学のレポートのテーマ(日本政治史Ⅰ)っていうのが、「5世紀から8世紀の対朝鮮政策」だったんですよ。書店でその時期の歴史について書かれている本を探してみたんですが、なかなかこれといったものがないんですね。結局、大学図書館まで行って足りない情報を補完することになりました。そこでひとつ困ったことが。

参考資料のどのページを読んだのか記録するのを忘れた
。・゚・(ノ∀`)・゚・。


レポートの最後には必ず参考文献リストを付けなければならないんですが、その時に参考にした章やページ数まで記載しなければなりません。本当はコピーすればいいんだろうけど、かなりのページ数になっちゃいます。おいらの場合は読んだ内容をノートにまとめて、その部分の後にどの章の何ページかっていうのを記録します。ところが、今回は一部の資料についてその作業を忘れてしまったんです。当然その部分はレポートに使えないので往生しました。しょうがないから「レポート全体について参考にした図書」ということで挙げておきました。

今回のレポートでは6世紀くらいまではわりと理解が進んだんですが、7世紀以後(レポートの後半部分)のところをどうまとめるかで多少悩みました。今回の本はその時に参考にしたものです。

『「白村江」以後 国家危機と東アジア外交』 
森公章著 講談社選書メチエ 2005年


簡単に書いてしまうと、日本の外交は場当たり的で個別対応だというような説です。学則違反になってしまうのであまり詳しくは書きませんが(笑)

確かに古代の日本では外交の相手が朝鮮半島諸国と中国に限られていましたから、外交力を磨くチャンスはあまりなかったのかもしれませんね。しかし、4世紀頃から8世紀までの朝鮮半島問題に対する倭国の対応の流れを通して見たときに、古代日本の外交には一貫性がなくもないように感じるんですよ。あまり積極的な対応ではないにしてもですね。まぁ、停学になっちゃうのでこれ以上書けませんが(笑)

時間があまりなかったので、こちらの本も流し読みになった部分がありましたが、そのうちにまた読みたいと思います。おいら、歴史好きなんだよね。


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【読書】加耶と倭(22/100)

今年読んだ本22冊目。本当はもうちょっと読んでるんですが。
今回の本はこの前書いたレポートの参考図書のうちの1冊なんですが、レポートを書くに当たっては大学図書館で他にも何冊か読んでいるし、そういう本についてはいちいちカウントしません。

『加耶と倭 韓半島と日本列島の考古学』 朴天秀著 講談社選書メチエ 2007年

ここで自分の意見なんか書いちゃうと学則違反になっちゃうので、詳しいことは書きません。

「加耶」っていうのは朝鮮半島南部にあって、紀元前から日本との交流があった地域です。おいらたちが子供の頃は、そこに「任那日本府」というのがあって植民地的支配を行っていたなんて言われていましたが、それはどうやら違うということが最近の研究では明らかになっているようです。

なぜ政治学科で古代の日本史を勉強しなきゃならんのかということですが、日本の外交スタイルの原型はこの頃に成立したものなのかもしれないということを考えると、古代の外交、特に対朝鮮政策を考えるのは無駄なことではないと思います。

出土品などの考古学資料を見ると、古代の日本と朝鮮諸国の交流というのはこれまで考えられていたよりもずっと多面的であったようです。ヤマトの王権が確立するまでの間、地方の豪族がそれぞれ独自に朝鮮半島諸国と交易していた形跡が残っていたりします。朝鮮半島に倭国各地の豪族が進出していたりもして、そういう人たちを埋葬した前方後円墳も加耶地域には見られるようです。

6世紀には朝鮮半島と独自につながっていた豪族たちが中央政府に対して叛乱を起こしたりもしましたね。筑紫の「磐井の乱」なんていうのもそう。そういう混沌とした状況で、ヤマト政権は朝鮮半島問題に対してどういう政策を取っていったのか・・・と、これ以上書くと学則違反で停学になってしまいます(笑)

本のほうですが、基本的に論文ですから読みやすくはないと思います。どこからどういう遺物が出土して、その結果どういうことが考えられるかという記述が中心になります。今回は時間があまりなかったので読み飛ばした部分も多かったんですが、おいら考古学は好きなので、時間があるときにもう一度読んでみたいと思ってます。なにしろ高校生の時の第一志望は明治大学の考古学専攻だったからね。

加耶と倭 韓半島と日本列島の考古学 (講談社選書メチエ 398) Book 加耶と倭 韓半島と日本列島の考古学 (講談社選書メチエ 398)

著者:朴 天秀
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年7月15日 (火曜日)

【大学】参考図書・・・

通信制の大学に在籍していて困ることはですねー、参考図書をどう調達するかなんですよ。図書館に行けばいいんだろうけど、普段結構忙しいからね。土日だって休みにならないことが多いから。

それで、ネットで買うかってことになるんだけど、大学で使うような参考図書って

バカ高いんです・・・。・゚・(ノД`)・゚・。

古書でも高い。
産業社会学の参考書を買おうと思ったんだけど、高くてやめた(笑)
まぁ、暇を見つけて大学図書館に通うしかないかなあ。
基本的な参考図書だから慶應か早稲田の図書館には必ずあるんだろうし。

参考図書のひとつに指定されている『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』(ウェーバー)、ずっと昔、大学に入りたての頃に読んだ記憶があるんだけど、見つからない。買いなおすしかないのか・・・。文庫だからそんなに高くはないんだけど、後から出てきたら嫌だなあ。

本棚をあさっていたら中学生から高校生の頃に読んだ本も何冊か出てきた。
今流行の『蟹工船』(小林多喜二)見つけた(笑) 後で読もうっと。
『赤毛のアン』(モンゴメリ)『十五少年漂流記』(ヴェルヌ)も見つけたので読もう。

早稲田の社学時代、レポートの参考図書として使った『大衆の反逆』(オルテガ)。
また使えるかもw

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2008年7月13日 (日曜日)

【普通の日記】レポート終了

日本政治史Ⅰ(古代)のレポート、やっと書き終わった・・・。明日投函します。

今回はちょっと悩んじゃってねー。そもそも倭はなぜ百済と同盟関係を結んでいたのかなんてところで引っかかっちゃって。まぁ、自分なりにいろいろと考えてみました。ここに書くと学則違反になっちゃうので書かないけど(笑)

レポート、今回は1000字オーバーだった。
文章構成力がイマイチな気がするなあ・・・(;´Д`)


ところで、今日は40度を越えるところもあったみたいですね。うちの方は夕方に霧なんかでちゃって寒いくらいだったんですけど。さすが「別荘地」w なんてったって自然がいっぱい。うちはクーラーがないんでホント助かります。

「別荘地」っていえば、うちのあたりは最近他県の人が多くなってきてます。そのせいか、昔はなかったような店もできてきてますね。市内にはイタリア料理の店が何件かあるんですけど、おいらが子供の頃にはそんな店ができるなんて思いもしなかったなあ。昨日の夜にちょっとピザ食いに行ってみたんだけど、なんだか客層も違います。高級外車かなんかが停まってたりして・・・。砂嵐が吹きすさぶ、荒涼とした町だったのにね。そのうち、本当に湘南みたいになるのかなぁ。夏はサーファーだらけだし。

うちがどこら辺なのかは、あえて書かない(笑)

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2008年7月10日 (木曜日)

07月10日のココロ日記(BlogPet)

最近、noriさんは入学のことが気になってしょうがないみたいですね。

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪

いや、別にw

現在、既に大学生だし。おっさんだけど(笑)

大学のレポートの方は、週末にいよいよ『日本政治史Ⅰ(古代)』を仕上げる予定。
最近ちょっと忙しかったからなかなか進まなかったなぁ。
あとはひたすら書くだけです。4000字。

今読んでる教科書は『日本政治史Ⅱ(中世)』と『産業社会学』。
産業社会学の教科書なんて、初版は1970年代らしいので内容がなんとなく古く感じるところもありますが、現代にもそのまま当てはまる部分も多いんですね。なかなか面白いです。過労死や職場における労働者の孤立化の問題なんかがどのようにして起こってきたのか知るためにはどうしても取っておかなければならない科目です。

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2008年6月29日 (日曜日)

【時事】社会科

おいら、子供の頃は社会科が得意でした。
というか、社会科しかできませんでした (ノ∀`)

小学校5年生のときに社会科のテストで100点取ったんだけど、その時、センセイにとてもありがたいお言葉を頂きました。今も忘れねえ。

「算数ができなきゃ意味ないわよ」

確かに算数も大事だと思うけどね、おいらが社会人になってから一番役に立ったのは社会科でした。特に外国人と一緒に仕事をしたときに、地理や歴史の知識がおいらを助けてくれました。

で、最近の社会科をめぐる事情がどうなっているかと言うと

卑弥呼は正解99% 歴史の人物、業績は?小6など調査
2008年6月28日0時28分 asahi.com

<社会科テスト>小6の6割 福井と徳島の位置分からず--教育政策研調査
6月28日10時1分配信 毎日新聞

リンクはすぐに切れると思います。多分。


ああ、卑弥呼ねー。
おいら、今は日本政治史Ⅰ(古代)のレポートに取り掛かっているので、最近は歴史の本を読むことが多いです。昨日も大学図書館に行ってきました。(慶應のほう)
課題は5世紀以後の話なんだけど、その前の段階もいちおう知っておかなければならないので、卑弥呼の時代(3世紀)の話もちょっとだけ読んできました。

3世紀ですよ3世紀。
1700年以上も昔の話ですよ。
何で、そんな昔の人の名前を知っていて、近現代の人の名前を知らないのかってことですよ。(まぁ、ザビエルはわかる。インパクト強いからw)

7位  福沢諭吉

40位 大隈重信 (正答率ワースト3)   。・゚・(ノ∀`)・゚・。

大隈先生~!!(笑)


やっぱり、お札になる人は正答率高いですなあw
慶應 > 早稲田w m9(^Д^)

大隈先生、今の日本社会の成り立ちを説明するのに、絶対に欠かせない人物だと思うんだけどなあ・・・。対華21か条要求みたいな外交の失敗も含めて。

あのね、そもそもこれは歴史の教え方が間違っていると思うのね。
歴史教科は旧石器時代から始まって現代で終わるような、時間の流れに沿った教え方をするのが一般的だと思うんだけど、正直、卑弥呼なんて現代の日本人にはほとんど関係ありません。おいらみたいに大学でレポートを書くときにちょっとだけ登場するくらいの人ですよ。

現代の日本の形ができたのは明治維新以降の話じゃないですか。もっと極端に言えば第二次世界大戦よりも後の話ですよ。普通はその辺から教えないとダメなんじゃないかって思うんだけどねー。子供たちにとって身近な、両親や祖父母の生きてきた時代から教えるのが当たり前だと思うんだけど。

それから、地理。
確かに苦手な人、多いですよね。おいらの身近にもいました。っていうか、親父がダメだった(笑) *蘭印ってどこだよみたいなw (ノ∀`) 会社の先輩で、東京が日本列島のどこら辺にあるか正確な位置を知らない人もいた・・・。福井や徳島の位置を知ってるだけでインテリ扱いになっちゃうんですよ、この国はw 。・゚・(ノ∀`)・゚・。
それはともかく、実生活ではあまり意味のない知識なのかもしれないけど自分の国のことぐらいは知らないとまずいと思うんだよね。

蘭印
オランダ領東インドのこと。今のインドネシア。親父が小学生の頃に使っていた社会科の地図帳にはそう書かれてました。仏領サハラとか(笑)

社会科というのは、単純に暗記すればいいような科目じゃありません。
与えられた資料を読んで、そこから情報を引き出してまとめる力を養うのが大きな目標です。資料そのものを自分で探す力も重要になってきます。よく史学科を出てもつぶしが利かないなんていう話を聞くことがありますが、そんなことはないです。史学科の学生には極めて高いデータ分析能力が要求されます。これは一般企業でも役に立つ能力ですよね。文系よりもむしろ理系に近いかもしれません。企業のほうでそのあたりのことをあまり理解していないようですが・・・。社会科ができない人が人事担当者だったりするのかもね。


人物年表を作ったり、白地図を使ったりして丁寧に教えられた子は正答率が上がる傾向にあった。
(記事から引用)


これは自分でやりました。
おいら、地図とか年表とか大好きだったんで(笑)、そういうのを自分で作ったりしたんです。

高校の世界史くらいになると、時代ごとに覚えないといけない国が多くなりますよね。ひとつの国でも時代によって支配領域の大きさが変わったりします。東ローマ帝国とかね。おいらは世紀ごとの世界地図をトレーシングペーパーに写し取って、それを重ねてみたりしました。受験勉強というよりも、ほとんど趣味の世界(笑) でも、それがおいらにとっては何よりも楽しい時間だったんだよなあ。そういう手間のかかる作業っていうのは学校ではほとんど無理だから、結局自分でやるしかないんだろうね。

なんでもかんでも学校で教えるっていうのは所詮無理な話なんだから、学校では勉強のやり方だけ教えとけばいいんじゃないの?

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2008年6月13日 (金曜日)

【社会】Republic of Nippon

最近、ネパールが王制を廃止して共和制に移行したそうです。
リンクはすぐに切れると思います。


この前、民主主義に関する本を1冊読みました。おいらもこれまでは共和制というのは君主制に対立する概念であると理解していたんですが、どうやらそうでもないようです。共和制だけれども王様がいるというのもありえる話らしい。まぁ、言葉の解釈の問題なんでしょうけどね。ルソーは『社会契約論』のなかでこんなことを書いています。

たとえどのような統治形態の下に置かれていようとも、私は、法によって治められる国家を、全て共和国と呼ぶ。なぜなら、その場合にのみ、公共の利益が指針となり、公共の事物(共和国)が実在の事物になるのである。

ルソーの定義によると、共和国というのは公共の物(みんなのもの)ということで、どんな体制がその理念を実現するかは問題ではないということのようです。

では、天皇制のある日本が共和国になることは果たして可能なんでしょうか。(戦前だったら大問題な発言・・・(笑) 尾崎行雄発言なんていうのもありましたね、そういえば。)
おいらは、理論的には可能なんじゃないかと思います。天皇家の方々も日本人には違いないからです。「みんな」の中に含まれる。一般の日本人と違って政治には関与できませんし、憲法によって権力の保持については厳しい制約が加えられていますが、その代わりに日本国の代表としての役割を与えられていますね。千数百年の歴史を有する一族の長としてふさわしい役割です。世界的なカリスマです。

一方で、天皇制を認めてしまうと日本国憲法の理念の一つである平等の精神を犯すことになりはしないかという懸念がありますね。特定の家系に特別な役割を与えるのは平等原則に反するのではないかということ。しかし、平等というのはどういうことなんでしょうか。人間、ひとりとして同じ人はいませんよね。違う顔、違う才能。生まれた時から不平等です。

人間が自由に競争すると、必ず敗者が出現します。競争だからそれはしょうがない。人より優れた才能を持って生まれ、より多く努力した人が勝つのはまず間違いない。しかし、そこにはひとつ問題があります。参加できる競技が限られているということ。

例えば、運動会。おいらは小さい頃、とても足が遅い子供でした。短距離走でトップになったことは唯の一度もありません。とにかく体が小さくて、まず歩幅で負けてしまう(笑) 残念ながら、走る才能を持って生まれて来ませんでした。しかし、そんなおいらでもひとつ、わりと得意な種目がありました。障害物競走。結局1位になったことはありませんが、2位、3位くらいにはなることができました。体が小さいことが有利に働いたんですね。もしも小学校の運動会に障害物競走がなかったら、おいらは運動会にひとつもいい思い出をもたぬまま大人になったことでしょう。

本当の平等っていうのは、戦った結果の平等ではなく、自分の特性を生かしながら競技に参加する自由を与えられることについての平等をいうのだと思います。ところが、今の日本社会にはそういう自由があまり認められてはいないようです。それじゃあ、自分の居場所は自分で作ればいいじゃないかなんていうことを言う人もいますが、実際にはそれはとても難しい。個人の力の及ぶ範囲を超えてしまうようなことも少なくないんじゃないでしょうか。もう、そういう考え方自体が「新自由主義的」とも言えます。

与えられた環境で自由に競争といっても、最初から弱い立場の人間が勝てるわけがありません。企業と労働者の関係などもそうです。対等ではありません。法律上は労使は対等ということになっていますが、現実には違います。本当に対等なら過労で死ぬ人なんかいないわけです。やはり、まったく自由な競争というのは国民を幸福にしないと思うんです。万人が万人に対して闘争する修羅の世界です。そういう状況を避けるためには、どうしても政府が最低限必要と思われる介入をしなければならない。それが「ソシアル」な社会ということなんでしょう。

天皇陛下に特別な役割が与えられるように、他の日本国民一人ひとりにも特別な役割が与えられ、可能な限り自己の能力が発揮できるような国。日本共和国。そんな国があったらどうかなあと、おいらはたまに想像することがあるんです。
そこは、不平等で、自由な国なんです。

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2008年6月10日 (火曜日)

【読書】民主主義という錯覚(21/100)

おいらは政治学科に在籍しているので、去年から政治学を少しずつ学んでいます。
(慶應義塾大学法学部通信課程乙類)
去年は必修の政治学で「三権分立」についてレポートを書いたり、秋の夜スクーリングで日本政治史を履修したりしましたが、今回読んだ本はよい復習になりました。現在勉強中の「憲法」の参考にもなります。

民主主義という錯覚 薬師院仁志著 PHP研究所 2008年

日本の場合はそもそも明治政府が成立した時点から「ねじれ」があったんですよね。西洋文明を取り入れて近代化を進めようとする政府が王政復古をするという。それは政治的に求心力が乏しかった維新直後の明治政府にとって仕方のないことだったのかもしれませんが、このねじれ現象が結局は大東亜戦争につながっていくんです。そのゆがみを正すわずかなチャンスは、大正時代に民主化の意識が高まった頃にあったと思うんですが、大正デモクラシーはついに「大日本帝国」の枠を超えることができませんでした。

法というのが「みんなの意思」を形にしたものであるならば、君主が定める欽定憲法は法ではありえない。本当にデモクラシーを求めるならば、まずはその憲法を変える方向に運動が進まなければならなかったはずなのに、大正デモクラシーはその憲法を守る方向に進んでしまったという。(「護憲運動」)これもやはり、近代日本政治史の「ねじれ」なんですね。

現代に目を向けてみると、「ねじれ」やら「ゆがみ」はいまだに解消していないようです。本書ではリベラルに対立する概念として「ソシアル」という概念が登場します。日本では自由民主党が一応「リベラル」の代表ということになっています。(「自由民主」だし)
では、自民党に対抗する野党が「ソシアル」かというと、それは必ずしもそうとはいえないような気がします。別にリベラル派に対抗する野党が必ずソシアルである必要もないと思いますが、リベラルな与党に対抗する勢力としては弱い気がします。国民が今の政治をみて「どの党も似たようなもの」と思ってしまうのは、このあたりに原因がありそうです。

もちろん、共産党のようにはっきりと他所とは違う政党もありますが、要するに極端すぎるんですよね。ソシアルの極北ですから(笑) 正直なところ共産主義はちょっと勘弁してほしいところがありますし、強いて言うなら「共和主義」くらいの政党があったらいいのになと思うんですよね。本書にも書かれていましたが、共和制と君主制は両立可能です。共和制というのは、言ってみればメタな考え方なので、実際の体制がどうであっても関係がないんです。まぁ、今の日本人が「みんなのための国」という考え方に共感できるかどうかはわかりませんが・・・。

そういえば、おいらがかつて卒業した早稲田大学社会科学部の大きなテーマは「自由と秩序は両立し得るか」でした。(と、入学直後のオリエンテーションで田村正勝教授が語っておられたような気がする(笑) 本書では日本の民主主義(?)を「水戸黄門的」と表現していますが、それは本当にそうだと思います。おいらが小さい頃から感じていた日本社会に対する違和感というのは、まさにそういう部分だと思うんです。そういう国に暮らしている国民が「自由と秩序」に思いを馳せ、「みんなのための国」を目指すのは容易な事ではないと思います。しかし、そろそろ新しい可能性について考えなければ、本当にこの国は壊れてしまうような気がするんです。

この前の秋葉原事件でも考えたんですが、この国は根っこの部分から歪んでいるような気がしてならないんです。

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2008年6月 5日 (木曜日)

【大学】レポート返却(憲法)

今日で約3週間連続勤務ですが、ようやくなんとか終わりが見えてきました。
今の時期は勉強もままならないんですが、少しずつ本は読むようにしています。
といっても、毎日15分から30分が限度なんですけどね。おいらは速読が苦手な方なので、その時間で読むことができるページ数は20ページから最大でも60ページが限界です。あとでまた読み返さないと頭に入らないし、なかなか難しいものがありますねぇ。

え? ブログの更新をやめろって?(笑)

さて、心身ともにイイカンジに煮えているおいらのところに、先月提出した「憲法J」のレポートが返却されてきました。

結果:A \(^O^)/

ただ、やっぱり参考文献の使用については5段階評価の「2」でした。
要するにもっと本を読めと(笑)

ちょうど今読んでる本が、今回のレポートのテーマと若干被るところがあるんですよ。あー、この本を読んでからレポート書けばよかったなあなんて今更思ってます。おいら、図書館に行ってる暇があまりないから、参考図書は買って読むことの方が多いんだよなあ。最近はネットの古本屋さんをたまに使います。そういうわけなので、レポートひとつ書くにも結構な時間がかかります。まぁ、のんびりやりたいと思いますけどね。

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2008年6月 3日 (火曜日)

【時事】Bridge Over Troubled Water

ブロガーがうつの"駆け込み寺” ネットでリアルに助け合い
2008年06月02日 18時57分 更新 ITmedia Biz.ID


以前何回か書いたこともありましたが、おいらはうつ状態になったことがありました。仕事を失い実家に帰ってきた後、雨戸を閉め切った暗い部屋の中で半年以上を過ごしました。外出は週に一度、病院に薬をもらいに行く時だけ。実はその時にカウンセリングも受けていたんですが、担当の先生と相性が悪かったのか、あまり良い結果を得られたような気がしませんでした。

その後、ちょっとしたきっかけからブログを開設することになったんですが、もともと文章を書くのが嫌いではなかったということもあったせいか、よい気分転換になったような気がします。昔の記事をたまに読み返してみると、自分の気持ちの変化がよくわかりますね。わずか2年数ヶ月の間に、まったく別の人間になってしまったような気さえします。おいらの場合はしょうもない記事ばかり書いてますけど(笑)、自分の心を見つめなおすために書くブログというのも案外精神の安定に効果があるかもしれません。

引越し前のブログで「共通体験」についての記事を書いたことがありました。確か、アニメカテゴリの記事だったと思います。インターネット社会が進展すると、人々が選べる情報の選択肢は増える反面、人々は自分に都合のよい情報のみにアクセスする傾向が強くなり、その結果一人一人が孤立化するというような話題でした。アメリカの憲法学者、キャス・サンスティーン教授が語っていることです。おいらが慶應通信制の「入試」で選んだテーマです。

その孤立化した人々を再びつなぎ合わせるためのキーワードが、「共通体験」でした。同じ経験をした事のある人同士は、つながりあうことができる。人とつながるためには体験を共有することが有効である、ということ。今日も四川大地震で孤児になった子供たちのために元中国残留孤児の人たちが募金を集めたというようなニュース記事がありましたが、似たような体験をした人同士は共感力で引き合うということなんでしょうね。

病気の人、特にメンタルな問題を抱えている人に対する支援というのは大変なものだと思います。中途半端な介入が相手を深く傷つけることがあるかもしれません。しかし、そういうリスクがあったとしても、何とか工夫をしながら支援を続けることが必要だと思います。


おいらは今、通信制大学の学生です。最初は「仕事をしながら勉強を続けるのは可能か」ということを検証するためと、半ば趣味で始めたような勉強でしたが、最近では大学で学んだことを何とか生かす手はないかと思っているんです。おいら、今はほとんど肉体労働者だし、仕事そのものには大学で学んだことを直接生かすことはできないでしょうが、仕事以外の活動でなら十分可能性があると思います。例えば、学習障害の子供たちを支援する活動とか。

それにしても、通信制の大学っていうのはホントに大変ですよ。これまでは趣味的にやってましたけど、今後も勉強を続けていくには戦う理由が必要だと強く思う今日この頃です。

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2008年6月 1日 (日曜日)

【大学】朱に交われば

体調最悪の中、今日も仕事をしてきましたよ。
繁忙期に風邪引くとホントにつらいです。

さて、今日は慶早戦の日ですね。天気がよくて何よりでした。
慶應も勝ったようですし。残念ながら球場には行かれませんでしたけど。
秋の慶早戦には行きたいと思ってます。

え? 早慶戦だろうって?

いいえ、慶早戦です。慶應の学生なら「慶早戦」と言わなければいけません(笑)
ちなみに一発変換です。辞書登録してあるからw (゚∀゚)

去年の秋、夜間スクーリングで週に一回ほど三田の本校舎で日本政治史の講義を受けていたときのこと。担当のT教授は応援指導部(いわゆる応援団のこと)の関係者だったらしい。その先生曰く、

T教授 ( ゚д゚)「慶応の学生でも、慶早戦を早慶戦という不届きモノがいるんです。」

( ゚д゚)「戦争でも、日露戦争というでしょう。露日戦争とは言わないですね?」
( ゚д゚)「日中戦争を中日戦争とは言わないですね!? 日本の歴史では、日本が戦った戦争を表記する場合はかならず日本を先にするンです。歴史学の常識なンです!」


(#゚Д゚) 「だから慶早戦は慶早戦なんデス!!」


(ノ∀`)ワロタw

慶應通信制におけるスクーリング授業の特典その1。

慶應魂を叩き込まれる(笑)


おいらは早稲田OBなんだけどねw (裏切り者w m9(^Д^)

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2008年5月19日 (月曜日)

【読書】大正デモクラシー(19/100)

今年読んだ本19冊目。まぁ、記事にしないだけで実際にはもう少しだけ読んでるんですが。

今回もやっぱり大学の勉強で必要な本ですね。今は忙しいから参考図書を読むだけで精一杯なところがあります。

大正デモクラシー (岩波新書 新赤版 1045 シリーズ日本近現代史 4)
成田龍一著 岩波新書 2007年


日露戦争に勝った日本は、中国東北部(満州)の権益を手に入れます。大正期はその後に続く朝鮮半島の領有や第一次世界大戦を通じて、日本人が「民族」「国民」について強く意識するようになった時代でした。そういう意識の高まりが、政党政治の実現や大正14年(1925年)の普通選挙法成立へとつながっていきます。
ただ、当時の民主主義(民本主義)は結局のところ帝国日本の視座を超えることができず、やがて日本は全体主義の時代に進んでいくのでした。

近代日本人が成立したのはまさにこの時代なんだろうと思うので、現在の日本人の行動様式やものの考え方を研究する上で、この「大正デモクラシー」というのは絶対に避けて通れないトピックなんですね。

それにしても、日露戦争から第二次世界大戦までの間の日本外交には失策が多いです。なかでも対華21か条要求は致命的だった。火事場泥棒と言われても仕方がない。そりゃ、自分が中国人だったら怒りますわ。欧米もこの対華21か条要求に対しては強い不信感を抱きました。こういう国際社会での信頼失墜の積み重ねが戦争を呼び込んでしまった。現在の日本は戦前と似ていると言われることがありますが、同じことを繰り返さなきゃいいなと思います。まぁ、最近の日本は信頼失墜以前に影が薄くなっちゃって、国際的な影響力自体が低下しているといいますが。

さて、この「大正デモクラシー」を踏まえて、今読んでるのは『清沢洌』(きよさわきよし)。戦前のジャーナリストのお話です。

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2008年5月15日 (木曜日)

【大学】母校よ永遠なれ

おいら、今は慶應義塾の塾生なわけですが、最後に卒業した学校は早稲田大学の社会科学部でした。社会科学部というのは、おいらの頃は夜間部に分類されていました。その社会科学部が、いよいよ夜間の講義を廃止します。

早大「社会科学部」で夜間授業廃止、夜間学部なくなる
5月14日20時59分配信 読売新聞
リンクはすぐに切れると思います。


おいらが在籍していた頃にはすでに勤労学生の割合が1割を切っていたし、講義の時間帯も午後から夕方にかけてがメインになっていたから完全な夜間部の雰囲気ではありませんでした。それでもうちの学部にはいろんな種類の人がいて、とても面白かった記憶があります。昼間は官庁で仕事をして夕方学校に来る公務員の学生や、講義に出席してから夜の繁華街で働く水商売のお姉さんや、学士入学で編入してきたおじさん・おばさん学生や、とにかくいろんなタイプの人が集まっていましたね。まさに「人種の坩堝」でした。

今日は、以前他のブログで書いた社会科学部関係の記事を加筆・修正して再掲したいと思います。

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2006年3月8日

元のページタイトル:発掘・学生時代のレポート13


うちの大学は、個性的な先生が多かったような気がする。変人も多かったようだ。政治経済学部の教授で「緑色」が大好きな人がいて、試験のときに緑色のペンで解答を書くと、答えの内容が試験と何の関係がなくても単位をくれちゃうとかw

まぁ、他所の学部のことは言えないわけで。
おいらなんか、試験も受けてないのに英語の単位もらったぞww

「変人」というより、熱いひとも多かった。
物理学のK先生。(当時は助教授だったかな?)
ある日、ある科学者が何千回も実験に失敗してようやく一つの成果を得たという話をしてくれました。そこで、浅はかなおいら、うっかり口を滑らせた・・・。

おいら( ´∀`)「ずいぶん無駄なことしたよね~。」

K先生(#゚Д゚) 「君は人類の進歩に対する努力を否定するのかねっっっ!!!君は人類の未来を、希望を否定するのかっっっ!!!」

(||゚Д゚)ヒィィィィ ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ

小一時間、どれだけ多くの科学者たちが人類の未来のためにその人生を捧げて来たのかについて、滔々と語られてしまいました・・・。(説教ともいうw)

社会人になった今はわかる。たった一つの結果を出すために、どれだけ多くの試行錯誤が必要か・・・。先生は正しかったです。

歴史のK教授。(K先生が多いなぁ。伏字にする意味はないと思うんだけどw)
昭和史の講義を受けたのだが、今でも記憶に残っているのは、戦争中に早稲田大学が空襲で被災したときのお話。8号館(おいらたちの頃は法学部の建物だった。今はどうだか知らない)が焼けたときの話を、涙を浮かべて熱く語っておられました。臨場感たっぷり。まさに現代の「語り部」。

この先生は、戦争、特に大東亜戦争に関する講義をよくされていたので、左翼系の学生に絡まれることも多かった。ある日、教室で左翼系の学生に絡まれたとき、先生はこう言い放った。

K教授(#゚Д゚) 「戦争を語らずして平和が語れるものか!このばか者ども!!」

おいらたちが学生の頃は、「非武装中立」とか「平和のことを考えていさえすれば平和な世界になるのです。戦争のことなんか学ぶ必要はないのれす(゚∀。)」なんていうことを言う、ある意味「おめでたい人たち」がまだまだたくさんいた時代です。今では当たり前すぎて新鮮味もない先生の言葉ですが、当時は衝撃的でした。「自由」が、廊下の奥に立っていました。*

おいらたちが3年の時にゼミの指導をしていただいた、K助教授(当時)。またKかよw
本来、おいらたちの指導教官は社会科学部のK教授(またK!)だったのだが、おいらたちが3年生のときはロンドン大学に留学されていました。それで、教授の友人で政治経済学部で教鞭をとっておられたK助教授が「ピンチヒッター」でやってきたわけです。結構厳しい先生だった。

「ゼミ」と言うのは、少人数で一つのテーマについて研究を行う形式の活動です。先生を交えて専門書を輪読したり、討論を行ったりします。最も大学生らしい活動ですね。おいら、人の話がよく理解できなかったりするので本当に大変でしたが。早稲田の社会科学部の場合、ゼミに参加しなくても卒業はできるのだが、やはり大学生になったからにはどうしても挑戦したかったんです。

3年生の春の1回目のゼミで

K助教授(゚∀゚)「君たち、まず本棚を買いなさい。なるべく大きいのがええなぁ。」

これはどういうことかというと、その本棚が埋まるくらいの本を読めということ。先生は京都のご出身なのだが、いかにも京都人らしい言い回しというか・・・w

政治経済学部の方では「鬼」って言われてたらしいけど、社会科学部ではゲストっていうことで多少手抜きをしてくれてたのかな・・・。まぁ、それでも突っ込みは厳しかったですが。

野球は西武ファンで、いつだったか西武が負けたときに、

(゚∀゚)「ケジメや!」

とか言って、丸坊主になって学校に来たことがあったなw わりとお茶目なところもあった。

おいら、この先生にちょっとだけほめられたことがある。大学に入るまで先生にほめられるなんてことがなかったから、本当に嬉しかったな・・・。でも、

(゚∀゚)「着眼点はええんやけど、まだまだやなぁ~」

って言われましたけどw

その後、先生は小渕内閣で何かの委員を務めておられたようですね。おいら、その頃は日本にいなかったりしたので、よく知らないのですが。

それにしても、おいら、最近は漫画ばっかり読んでるなぁ~。先生ゴメンナサイw

指導教官K教授。
温厚で、いかにも「教授」っていう雰囲気の先生だった。酒が入ると怖かったですがw 九州の人って、ホント酒好きだよねー。K教授は佐賀の出身だったのだが、この先生を慕って、九州出身のゼミ生がたくさん集まっていた。関東人の肩身の狭いことw

ヘルプのK助教授によると、K教授(あああまぎらわしいwww)は温厚な見かけによらず熱い心を持った人らしい。仕官の口を求めて全国の大学を訪ね歩いた話などは、まさに「侍」って感じでした。「自分が本当に納得するまであきらめてはいけない」。大学に入って初めて本物の「先生」を見た気がします。

おいらたちが卒業する前の最後のゼミ活動。先生はこんなことをおっしゃいました。

「社会科学部にテキストはない。この世界のすべてが君たちの教科書です。君たちの目で見たものを信じなさい。そして自分の頭で考えるのです。社会科学部に卒業はない。君たちの研究は今これから始まるのです。
・・・世界のどこへ行っても、どんな仕事に就いたとしても、君たちはこれからもずっと、早稲田大学社会科学部の学生です。」


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今おいらが慶應義塾で学んでいられるのは、この先生たちのお陰だと思います。

おいら、正直に言うと、最初は社会科学部が嫌でしょうがなかったんです。同時に合格した明治の昼間部に行った方がよかったんじゃないかなんて、随分悩んだものです。
しかし卒業する頃になると、なんだか居心地がよくてですね(笑)、最後まで残っていた体育と英語の単位をわざと落として留年しようかなんて、かなり本気で考えてました。

勤労学生が少なくなった理由はいろいろとあるんでしょうが、近年の労働環境の悪化に加えて学費自体の値上がりが大きな理由として挙げられるんじゃないかと思うんです。夜間部といっても、最近は安くなかったですからね。奨学金もらってもおっつかないし、今の社会状況では働きながら通学するなんてとても無理。早稲田の社学の場合は、夜間部でも合格するのはかなり難しいですし、ここのところ第一志望で入学してくる一般学生も増えていたと聞いています。それでさらに「普通」の学生の比率が高くなる。偏差値は上がる。そもそも勤労学生が入学できる余地がないんですね。

早稲田は残念ながら勤労学生への門戸を閉ざしましたが、慶應義塾には通信制があります。学費も二部に比べると相当安い。早稲田からは「坊ちゃん大学」と呼ばれることが多かった慶應義塾ですが、庶民にちゃんと顔を向けているのは、むしろ慶應義塾の方かもしれません。


文中の種明かし:

*
「自由」が、廊下の奥に立っていました。

戦前の俳人・渡辺白泉が詠んだ戦争俳句のもじり。

「戦争が 廊下の奥に 立ってゐた」 渡辺白泉 昭和14年(1939年)

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2008年5月 7日 (水曜日)

【読書】「白村江」以後(18/100)

今日はむちゃくちゃ暑かったです。そろそろ屋外の作業がつらくなってくる時期ですねぇ・・・。しかもこれから繁忙期に入るから毎日相当きつくなります。熱中症に気をつけないといけません。

今回読んだのは、「日本政治史Ⅰ(古代)」のレポート対策として選んだ本です。

「白村江」以後 国家危機と東アジア外交』 森公章著 講談社選書メチエ 2005年

663年、百済(百済は660年に滅亡)を救援した倭国が白村江で唐・新羅連合軍に敗れるという、古代日本史ではおなじみのあれです。おいらが小学生の頃に習った時には「はくすきのえ」っていう読み方をしていたはずなんですが、いまは「はくそんこう」と読むらしいです。

当時から日本は外交下手(一国中心主義・個別対応)で、それが現代の日本外交にも少なからず影響を及ぼしているという説が興味深いです。その説を支持するには検討の余地はあろうかと思いますが、古代の日本史をなぜ今学ぶ必要があるのかということを考えると、一つの大きな理由としてあげることができそうです。歴史っていうのは、未来に生かされなければ意味がないですからね。(と、おいらは思います。)

次の科目は「日本政治史Ⅱ(中世)」ですが、その後は外交史も勉強してみるかなあ。
その前にレポート書かないといけませんが。

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2008年5月 4日 (日曜日)

【大学】レポート完成(憲法)

一日かけて「憲法(J)」のレポートが完成しました。

レポートのテーマは去年のものと今年のものがあって両方選べるんですが、おいらは今年の方にしました。

2007年:憲法の第三者効力について説明しなさい。
2008年:日本国憲法の三大原理について説明しなさい。


テーマが今ひとつ具体的ではないので大変ですね。書きやすさで言えば去年のテーマの方が書きやすいかもしれませんねぇ。どんなレポートを書いたかをここで書いてしまうと学則違反で停学になってしまうので(笑)、中身については書きません。
検索で引っかかっちゃった人には申し訳ありませんがw

さて、できればあと一科目、「日本政治史Ⅰ(古代)」のレポートがまとまればいいなあ。
テーマは

2007年:6世紀から8世紀にかけての日本の対朝鮮政策の変遷について述べよ。
2008年:5世紀から8世紀にかけての日本の対朝鮮政策の変遷について述べよ。


対象期間が100年増えてるのはなぜ?w (^-^;A)

ところで、今回は初めてレポート作成にプリンターを使ってみました。今はちょっと時間的な余裕がないんでね。本当は手書きが好きなんだけど。
それにしても速い速いw