カテゴリー「ニュース」の11件の記事

2009-05-05

【過去記事】日本の適正人口はどのくらい?

今日はこんな記事を読みました。

28年連続で減少=子どもの数、1714万人-総務省
5月4日17時26分配信 時事通信

ココログに引っ越してくる前にLovelog (DION) の方でブログを書いていたんですが、引っ越してくるときにデータをうまく移行できませんでした。こっちに引っ越してきてすぐの頃は少しずつ記事を移動させようとしていたこともあったんですが、面倒くさくてやめてしまいました。今回は久しぶりの移植記事です。

少子化については引越し前のブログの【読書】カテゴリで何回か記事にしたことがあったのを思い出したので、少し長いですが加筆・修正しながら移植してみます。

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今日は平成19年12月26日、水曜日。

前に読んだ『人口減少社会の設計』と一緒に買った本です。

『論争・少子化日本』
川本敏 編 中公新書ラクレ 2001年

少子化に関する論文を集めたものです。肯定派・否定派両方の論文が掲載されています。ただ、ちょっとデーターが古いですけどね。現在の日本の合計特殊出生率は1.32です。(2007年6月6日発表。ちなみに1999年の合計特殊出生率は1.34でした)

これでも6年ぶりに上昇した数値ということですから、かなり急激に少子化が進行しています。(2008年発表の合計特殊出生率は1.34を回復していたようです。これは団塊ジュニア世代の出産が一時的に影響していたようで、今後は再び低下に転ずると思われます。平成21年5月5日加筆。)

自分は地球の人口は多すぎると思っているので、少子化の進行には反対ではありません。しかし短期的に見れば労働力の減少による経済活動の停滞などの問題が出てくるので、小人口安定社会を構築する前にこういった問題を何とかしなければならないとは思っています。 地球上の資源は有限ですから、世界経済が右肩上がりで発展していくことは残念ながらありません。最近ではアニメーション作品にも登場する話題ですが(『機動戦士ガンダム00』、平成21年5月5日加筆)、どこかの時点で必ず資源の奪い合いに発展します。そういう紛争を避けるために、世界人口は少なくしていく方向に誘導する必要があるだろうと思うんです。経済を最低限維持できる人口を確保しながら、ソフトランディングを目指すわけです。「適正な人口」というのがあるはずなんですね。

しかしながら、これまで人口減少に関する文章をいくつか読んでみて気がついたのですが、その考察の多くは人口を増やす方向でのみ語られています。そして人口を増やすにしてもどの程度の人口まで増やせば適当なのかということについて語られていません。このあたりが不満に感じるところなんです。

では、日本の適正な人口っていうのは一体いくらくらいなのでしょうか。 今回読んだいくつかの論文の中で、食糧自給の観点からみて日本の適正人口はおよそ3000万人であるというものがありました。(「少子化ニッポンは「農園都市国家」をめざせ」 高橋秀之 日本大学教授) 幕末の総人口がだいたいこのくらいです。ただし、これは食料完全自給の場合ですから、実際にはもう少し多くても大丈夫なのではないかと思います。

この前読んだ『逆説の軍隊』の中で、「戦争のラチェット効果」という用語が出てきました。国家財政の規模は戦争のたびに大きくなり、戦争が終わっても元に戻らないという説です。そしてこの説は人口についてもあてはまるのではないかということでした。

幕末に3000万ほどだった日本の人口は、日清・日露戦争を経て大正元年(1912年)には5000万を超えています。45年で7割増しです。かなり急激な変化ですね。

昭和20年(1945年)、日本の総人口は約7000万人でした。それが3年後の昭和23年(1948年)に8000万人、11年後の昭和31年(1956年)には9000万人を超えています。海外からの引揚者の流入という特殊事情を考慮したとしても異常な人口増加です。

そして敗戦から22年目の昭和42年(1967年)、日本の人口は1億人を超えました。この年は大正元年から55年目にあたりますが、約半世紀で人口が倍になったわけです。ラチェット効果の発動かどうかはともかく、かなり不自然な増加のような気がします。これでは食料自給率の増加が人口増に追いつくわけがありません。

現在の日本の人口は近代化の過程で短期間に急増したものですから、急激に減少することもまたありえます。平均寿命から考えれば、ある時期に大量に生まれた人口は、ある時期に大量に減少することも予想されます。現代の日本は、戦争遂行と敗戦後の復興のために無理矢理かさ上げされた人口を適正な数値に戻す時期に来ているのかもしれません。個人的な意見を言えば、5000万人~6000万人くらい(つまり大東亜戦争以前のレベル)の人口が適当なのではないかと思います。 食料自給率50%程度ですね。

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最後の「食料自給率50%」の部分には、実は根拠がありませんでした。幕末の時点での総人口3000万人を100として、6000万人ならば50であろうと単純に書いてしまいました。しかし、その数値にはその後の農業生産性の上昇というものが考慮されていないので、実際にはもう少し食糧自給率は高くなるはずです。

冒頭に出した時事通信の記事にはユーザーのコメントがつけられるようになっているんですが、まさに自分と同じようなことを考えている人もいるようです。政府は人口を増やせというが、どれだけ増やせば適正なのか。政府はその数値を国民に示すべきだと考えます。日本に国家戦略というものが存在するならば、日本政府が我々国民の問いに答えることは難しいことではないはずですから。

ちなみにソースは忘れましたが、昭和13年(1938年)に厚生省が設置された際、昭和30年(1955年)の日本の総人口を1億人と計画していたようです。満州、朝鮮などの支配地域を含む日本の国土を防衛するために、最低限それくらいの人員が必要であろうという試算です。厚生省というのはもともと計画的に人口を増やすための機関でもあったんですね。それもひとつの国家戦略だったんです。

現在の厚生労働省は旧厚生省の持っていた戦略の内容をすっかり忘れてしまっていながらも、形だけは守り続けているのではないでしょうか。時代が変われば戦略も変わるんですから、これまでとは違う選択肢も考えてもらいたいと思います。

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2009-04-05

【政治・社会】北朝鮮の脅威

週末、風邪を引いたらしくて調子が悪かったです。
というか、今も調子が悪いです・・・。

今日は、昼間に北朝鮮のミサイルが日本を飛び越えて行きましたね。
本当はこんな記事も書きたくないんですけど。

ネットのニュース記事に付いてるコメントなんかを見ていると、「なぜ撃墜しない」というような意見もちらほら見受けられます。無理なんですけどね。残念ながらイージス艦から発射するミサイルも陸上配備の地対空ミサイルも射程が短いために、日本を大きく飛び越えていく弾道ミサイルを撃墜するのは不可能なんだそうですよ。基本的に日本本土に向かって落下してくるミサイルを至近距離でしか打ち落とせないわけです。

ということは、撃ち込まれたミサイルがABC(核・生物・化学)弾頭だった場合、迎撃するにしても人の住んでいる地域のごく近くで撃ち落とさなければならないことになるので、結局は被害を免れません。そう考えるとミサイル防衛というのは、今のところあまり有効な防衛手段ではないようです。

それでは弾道ミサイルを高高度で捕捉撃墜できるミサイルを開発・保持してはどうかという考えですが、これは仮に可能であっても今の日本には法的に難しいでしょう。長距離射程のミサイルですから、北朝鮮はおろか、韓国・中国本土・ロシア沿海州、あるいはアメリカの一部までが射程に入ることになるので、それ自体が迎撃の範囲を超えた、周辺諸国を直接攻撃し脅威を与える弾道ミサイルになってしまいます。そういうものを日本が保持することや、開発することすらアメリカは認めないでしょう。

次に核武装。これは不可能ではありませんが、世の中の人が思っているほど簡単にはいきません。核弾頭を開発しミサイルに搭載する技術、ミサイルを正確に目標まで運ぶ技術、ミサイルの飛行実験と核実験。乗り越えなければならない壁がいくつも存在します。データ収集で絶対に必要な地下核実験は自国領土内でやることになりますが、どこでやるのか。それができたとしても、開発の間に北朝鮮よりもむしろ日本のほうが国際社会から孤立してしまいます。さらに、様々な障壁を乗り越えて核兵器を保有できたとしても、一発では抑止力にはなりません。核兵器を抑止力にするためには量産化が必要です。そこまで持っていくのに、最低でも10年はかかると思っておいたほうがいいでしょう。核開発は不可能ではありませんが、いろんな意味で非常にコストがかかるものなんです。国際社会から孤立し、軍事的、経済的な制裁のリスクを犯してまでやる意味があるのかどうか。一部の政治家が軽く言うほど核武装というのは簡単なことではないんです。

そうはいっても、北朝鮮はなんとかしないといけませんねぇ・・・・・・。非常に迷惑なのは間違いないです。まずは経済制裁を続けるしかないんでしょうかね。北朝鮮が孤立のリスクを背負ってまでミサイルを撃つのは、そうすることで得られる何かがあるからでしょう。であるならば、まずはこれ以上何も与えないことが重要でしょうね。日本国内に北朝鮮資産があるならば、それらは凍結しないといけないかもしれない。ただ、交渉の窓口だけは残しておかなければ戦前の日中関係のようにどうにもならないことになってしまうでしょうから、それだけは注意しないといけないでしょうね。日朝ともにギリギリの外交交渉になるでしょうが、日本の外務担当者に期待するしかありません。

戦争は最後の手段です。まぁ、日本から攻め込むのは法的、技術的にほぼ不可能なんですがね。ただ、日本は欧米に比べると宇宙開発は遅れているけれども何度も衛星を打ち上げた実績がある国であるということは、北朝鮮は忘れないようにするべきでしょう。核兵器はともかく、通常弾頭ミサイルを製造する能力は現在の日本にもあるということです。そのほか、その気になれば軍事転用できる技術が日本には少なくないことも、決して忘れるべきではありません。

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2009-02-16

【時事】7対3で社会が悪い

本当はこんな記事書きたくないんです。

派遣切り・「社会が悪い」は本末転倒(上)(下)
2009年2月16日(月)09:45 Voice

そこで契約更新にならない可能性が少しでもあるならば、契約社員を続けながら、不測の事態に備えておくべきではなかったか。たとえば、しっかり貯金をする。「お金が三○○円しかありません」という声を聞くたび、どうしてあのような状況が生まれるのか不思議に思う。毎月の給与からたとえ一万円ずつでも貯金していけば、三年間で三六万円。そのくらいの蓄えがあれば、最低でも次のアパートを探すくらいはできるはずではないか。
(記事から引用)

なぜあそこまでお金がなくなっちゃうのか、自分も疑問に思うことはあります。自分自身、仕事がない時期が何度かありましたが、辞めた時点で雇用保険を受けずに半年から1年ぐらい生活できる余裕がありました。家族がいて、自分の生活ギリギリで仕送りをするとなると手元に何も残らないことは十分ありうると思いますが、すべての人が同じ状況ではないと思います。

しかし問題はそこではなく、「契約」の方です。本来契約というのは双務的なものですから、瑕疵があれば損害賠償を当然に請求されます。もっとも、雇用契約の場合には民法628条の規定によって「やむを得ない事由による雇用の解除」というものが規定されていますから、一方的な解雇もありえないことではありません。では、今回のような場合が本当にやむを得ない場合に当たるのかどうか。

中小の企業はともかく、大企業はかなりの内部留保を抱え込んでいるといいます。また、仮にその留保がなかったとしても、企業には依然として経営責任の問題が残ります。個人に対して「なぜもしもの時の備えをしておかなかったの」というのは簡単ですが、それはそのまま企業にも当てはまることではないでしょうか。「なぜ不測の事態を予測して経営をしてこなかったか」ということです。個人的な意見としては、これはやむを得ない事由と見なすことはできないと考えます。また、派遣社員の場合については派遣元の企業がケアをするべきである。よく労働者について「権利ばかり主張して義務を果たさない」ということが言われますが、それはそのまま企業にも当てはまることなんです。労働者の責に拠らず、企業側の一方的な理由で何らの保証もなく契約解除が行われるとしたら、それはもはや「契約」と呼べるものではなく奴隷取引になってしまう。

あるいは、契約社員ではなく正社員をめざしてスキルアップし、自らの付加価値を高める。いま企業が欲しがるもっとも大きな財産は「人」だ。私が経営する派遣会社「ザ・アール」で派遣社員として採用した人も、優秀であればあるほど他企業に引き抜かれてしまう。(記事から引用)

筆者は後段で派遣社員の増加は社会的な潮流と述べ、その存在の必要性について触れています。しかしながら、筆者は基本的には派遣や契約という働き方そのものに何らの価値も認めていないのではないかということが上の文章から推測できます。派遣あるいは契約という働き方は、本来は高い専門性を武器に企業(契約相手)と対等に仕事をすることができるというものだったはずですし、そこを目指していかなければいけなかったはずです。

ところが、そういう働き方を世に問い推進していかなければならなかったはずの派遣会社そのものが、いまだに正社員至上主義思考から抜け出せていないわけです。そもそも、社員が他社に引き抜かれるというのは、もちろんその社員の能力が高いということもあるでしょうが、ほとんどの場合は引き抜かれる側の企業に魅力がないからでしょう。派遣会社は自らの抱える社員に派遣という働き方の価値を伝えられず、その点について深く反省もせず、結局は単なる「人出し」に終わってしまったんです。

驚くべきは年末年始に「派遣村」に集まった五○○人のうち、生活保護を希望していた二七二人全員に受給決定が出たことである。手取り一七万円を受け取って、保険もすべてタダという状況で、働く意欲が彼らに生まれるのだろうか。(記事から引用)

制度があるのならば、その制度を使うことについてどうこう言われる筋合いはないはずです。矜持がどうとかそういう問題ではありません。制度が悪いというならば、その制度を変える方向に議論を持っていくべきでしょう。現行法上何ら問題のない権利の行使についてまで批判することは出来ないと考えます。現政権で改革が難しいというのであれば、まずは自民党・公明党を倒さないといけません。そもそも税金をどう使うかは、行政の裁量に委ねられています。

「働く意欲が生まれるのだろうか」とはおっしゃいますが、一時的にでもお金がなければ生きる意欲が涌きません。もちろん仕事を探す努力を怠るべきではありませんが、現状かなり厳しいと言わざるを得ないのではないでしょうか。一人身であればなんとかなるかも知れませんが、家族を養うとなるとどんな仕事でもいいというわけには行かない場合もありうるだろうと思います。だいたい、派遣会社というのは(筆者は派遣会社の社長らしい)労働者に仕事を斡旋するのが仕事ではなかったですか。自らの社会的責任を放棄しておいて、すべての罪を労働者側に着せるのはフェアじゃないような気がします。

聞くところによれば、いま内定取り消しを行なった企業はわざわざ学生に違約金を払っているという。しかしかつてはバブル期に内定を五つも六つももらいながら、平気でそれを蹴った学生が数知れなかったのではなかったか。学生が内定を勝手に取り消すことには何のバッシングもしなかったのに、いま企業だけをバッシングするのはアンフェアである。(記事から引用)

自分が就職活動をした頃はすでにバブルがはじけていましたが、まだ売り手市場の頃でした。企業は学生を確保するために囲い込みまでやった時代です。観光地に連れて行かれて、他社からの接近を遮断するために監禁されたりするんですね。誰でもいいからとにかく連れて来い。そんな雰囲気でした。内定も乱発されましたね。それはすべて企業の都合です。そもそも「内定を勝手に取り消す」なんていうことが学生側からできるはずもなく、それは「辞退した」というべきです。

複数の企業から内定を得たとしても、最終的に入社できるのは1社のみ。他の企業は、残念ながら辞退するしかありません。もしも複数の企業から内定をもらうのが不誠実だというのならば、何も考えずに人集めに奔走していた企業は不誠実ではなかったのでしょうか。本当に「人」を採用しようとしていたのでしょうか。そういう企業に不信感をもった学生はいなかったのでしょうか。学生の側には「辞退」する正当な理由がありましたが、現在の企業の側には果たして内定を反故にできるだけの正当な理由が本当にあるでしょうか。

名古屋に本社がある某東証一部上場企業で、自分は一次試験を免除されました。早稲田の学生だから。ただそれだけの理由です。早稲田といっても社会科学部で、当時はまだ夜間部でした。学内的には偏差値的な評価があまり高くない学部でしたが、それでもそういうことがあったんです。明治大学の昼間部の学生は、一次試験が免除にはなりませんでした。自分だけが別室で待たされて、一次試験の解答用紙には名前だけ書いておけばいいですからと言われました。自分はその企業の体質が疑問だったし、入社してもやっていく自信がなかったから内定を辞退して他の会社に入社しました。「努力をすれば報われる」という言葉の、なんと空しく響くことか。このような適当な採用がその後の日本社会に対してどれほどの悪影響をもたらしたかわかりません。企業は、バブルの頃から人を見る眼を失ったんです。

人とのコミュニケーションもまずく、恐らく発達障害であったであろう自分のような人間ですら東証一部上場の企業から複数の内定が取れた時代が、本当にありました。しかしそれからわずか数年で、どれだけ優秀な学生であっても就職に苦戦する時代となりました。人生なんてある意味理不尽なものではありますが、それにしても落差が大きすぎるではないですか。この落差を個人の努力不足のみに帰するのは無理があるのではないでしょうか。6対4、いや、7対3くらいで政府にも大きな責任があると思います。

巨人トヨタが赤字に転落するなど、産業構造が大きく変わるなかで、いま政治が考えるべきは「新しい産業創出」であり、そのためのビジョンである。そこで必要となるのが規制緩和か、それとも強化か、もう一度、政治家は考えてみるべきだろう。
(記事から引用)

この意見については同意します。まさにおっしゃる通りだと思います。

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2008-10-01

【歴史】日本はどこで誰と戦ったんでしょう?

日本がアジアで戦った昭和前期の戦争について、実は統一された表現がありません。

昭和16年(1941年)12月から昭和20年(1945年)8月までの戦争を「太平洋戦争」と表現していますが、これはアメリカ側からの視点で命名されているため、日本がアジア地域で遂行していた戦争の総称としては適当ではありません。日本が米英その他と戦っている一方で、大陸では中国とも戦争状態だったわけですから。

昭和12年(1937年)7月から昭和20年(1945年)8月にかけて、8年間にわたり中国大陸で展開された戦いを日本近代史では「日中戦争」(支那事変、なぜか変換できない)と表現します。しかし、これも対中国限定の表現なので、「あの戦争」の名前としてはふさわしくありません。

昭和14年(1939年)9月から昭和20年(1945年)9月までの第二次世界大戦ですが、日本が連合国に宣戦布告したのは昭和16年だし、大体、昭和14年にはすでに中国と戦争状態だったので、当時日本が行った戦争の総称としてはふさわしくないといえます。

昭和6年(1931年)9月に勃発した満州事変から昭和20年の終戦までをひとつの区切りとして「15年戦争」と言うことがありました。小学生の頃にそういうタイトルの本を読んだような気がしますが、この表現も誤りです。満州事変は昭和8年(1933年)の塘沽(タンクー)協定で収束していて、その後4年間、日本は戦争状態ではなかったからです。

今現在「あの戦争」を表現する統一呼称はないわけですが、岩波書店が中心となって「アジア太平洋戦争」という表現を広めようとしているようです。まだあまり一般には浸透していないようですが。どうも、日本が主体となって遂行した戦争には思えないような気もしますけどね。個人的な意見としては。

さて、「大東亜戦争」ですが、戦争に負けてGHQから使用を禁じられるまで、これが例の戦争の正式名称でした。昭和16年12月12日に閣議決定されています。ただし、こちらの呼称も昭和16年12月8日以後の戦争を指していると解釈されるようなので、それ以前に展開されていた中国大陸での戦争は含んでいません。例の戦争(昭和12年~昭和20年)の総称としてはふさわしくない。

この前の慶應の夏スクーリングで日本政治史を受講してきたんですが、その講義でも少しだけこの問題に触れました。講師の先生曰く、「好きなように呼んでください」だったけどね(笑)

とにかく、あの戦争の呼び方についてはとても曖昧です。しかも誰も触れたがらない。なぜこういうことになってしまったかというと、戦争の呼称について必要以上にこだわり、しかも「大東亜戦争」の呼称を忌み嫌っている人たちがいたから。まぁ、日教組なんかもそうなんでしょう。あの戦争のことを「大東亜戦争」と表現するだけで「反動だ」とか言われちゃうんですよ(笑) 中国・東南アジア・太平洋での戦争を統一的に表現しようとした場合、正式に閣議決定された「大東亜戦争」の呼称を日中戦争まで拡大して解釈するのが便利なんですが、そもそも議論にならないんです。自分が絶対的に正しいと信じて疑わない人たちとは科学的なお話ができません。

確かに「大東亜戦争」というのは「大東亜共栄圏」であるとか「東亜新秩序」などの思想の延長上にある呼称だし侵略戦争を正当化しているという意見もあるんだろうけど、だからこそ残すべきなんじゃないかと思うんですけどね。どんな奇麗事を並べたところで、結局戦争には勝てなかった。そういう冷厳な事実を示すのにこれほど適当な呼称はないと、自分は思うんですけどね。ひとつの教訓として。

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2008-07-07

【時事】おいらは「死神」になります

最近は本当にどうしようもない奴が多いです。

水樹奈々ライブで訴え「自分を大切にして」
2008年7月6日 Daily Sports Online

最近増えている「殺人予告」こういうことする連中は無知なのか、あるいはほんとのバカなのかよくわかりませんが、ネットの書き込みっていうのは追跡可能です。どれだけプロキシを通そうとも、海外のサーバーを経由したとしても、プロバイダの協力があればユーザーの特定は絶対に不可能ではありません。ド素人がイタズラ半分で変な書き込みをした場合、捕まる確率は非常に高いものと覚悟した方がいいでしょう。

そういえば、子供の頃にもいましたね。学校で上履きを隠すとか、他人のノートに見るに耐えないような悪口を書き込む奴。顔を見せない犯罪者。まぁ、学校の場合だと誰がやったかなんてだいたい想像ついちゃうんだけどね。同じように、ネットの掲示板も便利で面白い反面、匿名性が高いことをいいことにやりたい放題する奴がいる。小学生のイジメと大して変わらない。まぁ、年齢が高くなったらなったで、日本の場合はさらにイジメの陰湿度が高くなるんだけど。

今日も、いつも巡回していたブログが更新停止になりました。難病と闘っている人でした。ここしばらく迷惑メールやきついコメントなんかに悩まされていたらしい。確かにちょっとアクが強くて人から非難を受けそうなことも書く人でしたが、おいらは毎日その人のブログを読むのが楽しみでした。コメントもトラックバックも、一度もしたことはなかったんですが。

世の中、気の合わない人間も多いと思います。自分と気の合う人間ばかりじゃない。それはもうどうしようもない。しかし、自分と意見が合わないからといってその人を全否定したり攻撃したりしていいもんじゃないよね。嫌いなら嫌いでしょうがないんだけどさ、だったら

黙ってろよ

と、思う。

今のこの国には、卑怯というよりも卑劣な犯罪が多いです。卑怯はまだ許せるところがある。生き残るためのテクニックのひとつだから。哲学がある。しかし、卑劣というのは救いようがない。これはもう、教育の失敗です。

おいらは幸いなことにこれまで一度も「殺人予告」のような不快な書き込みっていうのを見たことがないんだけど、今後そういうものを見かけたら必ず通報したいと思います。冗談だろうがなんだろうが容赦しません。今はもう、例の大掲示板を見ることも滅多にないので、そういう書き込みを見かける可能性も低いとは思いますが。

それとね、おいらは来年から始まる裁判員制度に期待しているんです。もちろん、自分が法学部の学生だからっていうのもある。仕事は忙しいし大変だとは思うけど、選ばれたら絶対に参加する。(逆に来るなって言われる可能性もあるけどね。考え方が偏っているところがあるから)

もしもおいらが今回みたいな連中の裁判に参加することになったら、できる限り罪を重くしてやる方向に動こうと思う。絶対に妥協しない。2年でも3年でも刑務所にブチ込んでやる。執行猶予なんて絶対に認めねえ。

そして、この前の秋葉原事件のように本当に事件を起こした人間の裁判に関わることになったとしたら、その時は被告に死刑を求めていきます。裁判長が何を言おうがゴリ押ししてやる。そういうことに何の躊躇もないだろうと思う。

おいらは「死神」になります。

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2008-07-05

【時事】努力という言葉の排他性

昨日はこんな記事がありました。

日本にもスラム街が生まれる
2008年07月04日10時00分 gendai.net

東京で最後に暮らした街が、いわゆる山谷地区でした。近くの商店街はシャッターが閉まっているところが多かった。その前にホームレスの人たちがダンボールで暮らしていました。道路の端っこは汚物の匂いが立ち込めていて、その傍に生きているのか死んでいるのかわからない(まぁ生きてるんだろうけど)おっさんが転がっていました。それが日常の光景でした。今もすでにそういう街が存在するんですが、そんな街がこれからもっと増えるということなのか。

ニートや非正規雇用の話題がでると、必ず「努力が足りない」っていう話になる。貧乏なのは努力が足りないせいだっていう話。確かにもっと努力をした方がいいんじゃないかなっていうような人もいると思うんだけど、皆が怠け者だとはどうしても思えない。そもそも、就職しようにも採用自体が絞られていて、なかなか思うような仕事が見つからなかったような世代の人たちもいますよね。仕事に対するモチベーションがあがらないのもわかるような気がします。だいたい、「努力」っていうのは何なんでしょうね。みんな目標も違うし考え方も人それぞれです。仕事だって、いろんな職種の人がいます。努力の仕方も、方向性もまるで違うはずです。そういう人たちをひとくくりにして「努力」がどうとかって言い放つのは、なんだかとても短絡的な気がするんです。

例えば、アニメーターなんていう職業があります。残念なことに給料が安いことで有名だったりします。経済的には「負け組」に分類されてしまうでしょう。「自分の好きなことを仕事にしているんだから文句を言うな」と言う人がいるかもしれません。確かにそういう世界に飛び込んだからには少々のことは覚悟しないといけないでしょう。仕事だって厳しいはずです。しかし、労働に対して正当な対価が支払われないっていうのは、日本のように自由民主主義を標榜する国では大問題なんじゃないんですか。

お金をもっと稼ぎたければ勉強していい大学に行き、大きな会社に入ればよかったではないかという人もいますね。つまり、彼らの言う「努力」というのはよい大学に入り、より大きな会社で出世しよい給料をもらうための「努力」を指しているわけです。それこそが唯一正しいことであって、それ以外は認めないという考え方。そういう生き方を選ばなかったのは「自己責任」であって、人生の敗北者であるという思想です。お金を稼げる一部の職種を目指すのが正しい生き方であって、それ以外は愚かな生き方であると。長時間働いて、それでも生きていけないような収入であっても、それは当たり前のことであると。なぜなら、稼げる仕事を選ばなかったから。

それって、一種の選民思想ですよね。こういうことを書くのはとても気が引けるんですけど、ナチと変わらないじゃないですか。

それで、アニメーターを目指していた青年が夢を諦めて「正しい」努力を始めたとしましょう。あまり興味はないけれども、安定していてお金が稼げる仕事を目指した。しかし、彼にとってその「努力」がものすごく苦痛なことだったとしたら?

人間には残念ながら「向き不向き」ということがあります。皆がみんなお金を稼げる職種で頑張れるとは限りません。むしろその方が自然だと思います。生活のためにはそれでも稼がなければ生きていけないだろうという意見もありますね。でも、そんな思いをするなら死んだ方がマシだと思ってしまう人がいたとしたら? 去年もこの国の自殺者は3万人を越えてしまいましたが、その中の何パーセントかはそうやって死んでいったのかもしれません。かつて、自分の友人はそうやって死んでいきました。弱い奴は死んで当然ということをいう人もいます。日本はそういう社会だから仕方がないという人もいる。

しかし、もしもそうだとしたら(そうは思わないけど)、それは畜生の世界と変わらないんじゃないか。

世の中に格差があるのは当たり前で、1000年前から変わらないというようなことを言うひともいるようです。でもね、それはおかしい。1000年間何も変わらないっていうのはどういうことなんでしょうね。それこそ努力不足ってことじゃないんですかね。そりゃ、みんな絶望もするだろうよ。政治のことはお上に任せておけばいいっていう考え方なんですかね。余計なことは考えないで、それこそ奴隷のように働けってことなんですかね。そういう考え方で大日本帝国は滅びましたよね、そういえば。

まぁ、日本なんていまだに戦争状態みたいなものなんだろうし、人のことなんて考えてられるかっていうのが正直なところなんでしょうけどね。そういう、余裕がない社会なんでしょう。だから「努力」とか「根性」とか、そういう実体がない空虚なものに頼ろうとしてしまうのかもしれません。戦時中の日本人みたいにね。

簡単に絶望してはいけないとは思うし、以前はそういう人たちにやや批判的だったこともあるんですけど、記事の中で社会に不信感を持つ若者の気持ちもわからなくもないんです。

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2008-06-29

【時事】社会科は役に立たない科目ではない

子供の頃は社会科が得意でした。
というか、

社会科しかできませんでした (ノ∀`)

小学校5年生のときに社会科のテストで100点取ったんだけど、その時、センセイにとてもありがたいお言葉を頂きました。今も忘れねえ。

「算数ができなきゃ意味ないわよ」

算数も大事だと思うけどね、社会人になってから一番役に立ったのは社会科でした。特に外国人と一緒に仕事をしたときに、地理や歴史の知識がおいらを助けてくれました。

で、最近の社会科をめぐる事情がどうなっているかと言うと

卑弥呼は正解99% 歴史の人物、業績は?小6など調査
2008年6月28日0時28分 asahi.com

<社会科テスト>小6の6割 福井と徳島の位置分からず--教育政策研調査
6月28日10時1分配信 毎日新聞

ああ、卑弥呼ねー。
おいら、今は日本政治史Ⅰ(古代)のレポートに取り掛かっているので、最近は歴史の本を読むことが多いです。昨日も大学図書館に行ってきました。課題は5世紀以後の話なんだけど、その前の段階もいちおう知っておかなければならないので、卑弥呼の時代(3世紀)の話もちょっとだけ読んできました。

3世紀ですよ3世紀。1700年以上も昔の話ですよ。何で、そんな昔の人の名前を知っていて、近現代の人の名前を知らないのかってことですよ。まぁ、ザビエルはわかる。インパクト強いから(笑)

7位  福沢諭吉

40位 大隈重信 (正答率ワースト3) 。・゚・(ノ∀`)・゚・。

大隈先生~!!(笑)

やっぱり、お札になる人は正答率高いですなあw
慶應 > 早稲田 m9(^Д^)

大隈先生、今の日本社会の成り立ちを説明するのに、絶対に欠かせない人物だと思うんだけどなあ・・・。対華21か条要求みたいな外交の失敗も含めて。

あのね、そもそもこれは歴史の教え方が間違っていると思うのね。歴史教科は旧石器時代から始まって現代で終わるような、時間の流れに沿った教え方をするのが一般的だと思うんだけど、正直、卑弥呼なんて現代の日本人にはほとんど関係ありません。おいらみたいに大学でレポートを書くときにちょっとだけ登場するくらいの人ですよ。

現代の日本の形ができたのは明治維新以降の話じゃないですか。もっと極端に言えば第二次世界大戦よりも後の話ですよ。普通はその辺から教えないとダメなんじゃないかって思うんだけどねー。子供たちにとって身近な、両親や祖父母の生きてきた時代から教えるのが当たり前だと思うんだけど。

それから、地理。確かに苦手な人、多いですよね。おいらの身近にもいました。っていうか、親父がダメだった(笑) *蘭印ってどこだよみたいなw (ノ∀`) 会社の先輩で、東京が日本列島のどこら辺にあるか正確な位置を知らないお姉さんもいた・・・。福井や徳島の位置を知ってるだけでインテリ扱いになっちゃうんですよ、この国はw 。・゚・(ノ∀`)・゚・。

それはともかく、実生活ではあまり意味のない知識なのかもしれないけど自分の国のことぐらいは知らないとまずいと思うんだよね。

*蘭印
オランダ領東インドのこと。今のインドネシア。親父が小学生の頃に使っていた社会科の地図帳にはそう書かれてました。仏領サハラとか(笑)

社会科というのは、単純に暗記すればいいような科目じゃありません。与えられた資料を読んで、そこから情報を引き出してまとめる力を養うのが大きな目標です。資料そのものを自分で探す力も重要になってきます。よく史学科を出てもつぶしが利かないなんていう話を聞くことがありますが、そんなことはありません。史学科の学生には極めて高いデータ分析能力が要求されます。これは一般企業でも役に立つ能力ですよね。文系よりもむしろ理系に近いかもしれません。企業のほうでそのあたりのことをあまり理解していないようですが・・・。社会科ができない人が人事担当者だったりするのかもね。

人物年表を作ったり、白地図を使ったりして丁寧に教えられた子は正答率が上がる傾向にあった。
(記事から引用)

これは自分でやりました。地図とか年表とか大好きだったんで、そういうのを自分で作ったりしたんです。高校の世界史くらいになると、時代ごとに覚えないといけない国が多くなりますよね。ひとつの国でも時代によって支配領域の大きさが変わったりします。東ローマ帝国とかね。自分は世紀ごとの世界地図をトレーシングペーパーに写し取って、それを重ねてみたりしました。受験勉強というよりも、ほとんど趣味の世界(笑) でも、それが自分にとっては何よりも楽しい時間だったんだよなあ。そういう手間のかかる作業っていうのは学校ではほとんど無理だから、結局自分でやるしかないんでしょうね。

なんでもかんでも学校で教えるっていうのは所詮無理な話なんだから、学校では勉強のやり方だけ教えとけばいいんじゃないの?

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2008-04-24

【時事】アスペルガー症候群

岡山駅・突き落とし殺人:少年、アスペルガー症候群と診断
毎日新聞 2008年4月24日

世間には誤解があるようですが、アスペルガー症候群は一般的に言う「病気」ではありません。その人の持って生まれた特性なので、そもそも治るとか治らないとかの次元の話じゃないんですね。だいたい、「治る」っていうのはどういうことなんでしょうね。いわゆる「普通」の人たちの方がクレイジーで理解不能なことが多いんだけどね。

朝にこの記事を見たときは、記事の後半部分が欠けていたのでなんだコリャと思ったんですが、再更新ではさすがに「犯罪傾向とは無関係」という文を追加したみたいです。世の中には恐ろしく短絡的な人もいるので、アスペルガー症候群=犯罪者予備軍なんていう誤解も発生しかねませんからね。こういう記事を出す時には注意してもらいたいものです。

アスペルガー症候群をはじめ、発達障害の人たちは杓子定規な考え方をする人が多いようで、規則にうるさいような人が少なくないといいます。いわゆる「空気が読めない」といわれるような人たちなんですが、むしろ「普通」といわれるグループに属する人よりも倫理観が高い場合もあるようです。この「障害」と犯罪傾向との間の因果関係を証明するのは極めて難しいと思います。

アスペルガー症候群は「高機能自閉症」に分類されます。確かにいわゆる「普通の人」にできることができなかったりするので誤解を受けやすいですが、判断能力はあります。なので、アスペルガー症候群だからといって、それが情状酌量の理由にはなりません。「発達障害」というのは持って生まれた特性なので、精神病とは違う。たまたま他の人とものの感じ方や考え方が違ったからといって、それをすべて病気として片付けてしまうのはおかしい。あまつさえそれを犯罪者の罪を軽くする理由にしてしまっては、それこそ新たな差別を生む原因になってしまうと思う。

裁判では弁護側が精神鑑定の結果から情状酌量を求めてくるような流れになると思いますが、発達障害者があらぬ誤解を受けることがないように、むしろ厳正な処分が必要だと思います。死刑が妥当かどうかわかりませんが、個人的には死刑の適用もやむを得ないと思う。

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2008-04-10

【過去記事】やさしくない国

ネットでニュースを見ていたら、こんな記事を見つけました。

<引きこもり>平均年齢30歳超す 「親の会」331人調査
4月10日15時1分配信 毎日新聞

自分が勤める会社でも、たまに職歴のない人が応募してくることがありました。要するにそれまで引きこもっていたわけです。それが若い人ではなくて30を超えているような人も今は少なくないんですね。

去年、そんな引きこもりの人が自分の職場にやってきて、そのことをブログの記事にしたことがありました。職歴のない人や、長く引きこもっていた人が仕事に就くのは本当に難しいと思います。何よりもまず偏見と戦わなければならないですからね。

確かに引きこもりというのはあまりよいことではないと思いますが、そういう状態に陥るまでには、きっといろいろなことがあったんだと思いますよ。みんな、引きこもるために生まれてきたわけじゃないんだから。いわゆる「普通の人」には理解しがたい部分もあるのかもしれませんが、それぞれの人に引きこもらざるを得ない「理由」があるんだと思います。

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2007年3月19日
元のタイトル:「職場のレ・ミゼラブル」

何日か前に、新人さんが入社した。

新人さんといっても30歳を超えていたようなので、若くはない。大学を出てから一度も働いたことがない、いわゆる「ニート」の人だった。おいらは不規則勤務だし職場も違うので、その彼の顔は結局数回しか見なかった。

昨日会社に行ってみると、既に彼の名前は勤務表から消えていた。

週末の朝に会社に行ったとき、確かになにやら妙な雰囲気だった。彼は座る場所もなく、ただボーっと突っ立っているし、周りの先輩や上司は完全無視。おいらは職場が違うし、そもそも遅刻寸前だったので(^-^;A)、妙な雰囲気を感じつつも、その件については特に何も言わなかった。ただ、「あ~、あいつ辞めなきゃいいけどなー。」とは思った。

彼が「ニート」だっていうのは、実は彼が来る何週間も前からみんなが知っていた。そして、その時点で彼の処遇は決まっていたようなものだった。彼は最初からみんなの仲間になることを拒否されていた。「ニート」や「フリーター」の人は面接の時点で落とされることが多いのだが、その関門を突破しても、実際に働く現場で拒絶されてしまう。悲しいことだが、これが現実だ。

自分にも似たような経験がある。早稲田大学出身で工事現場で働こうとすると、まず大抵は胡散臭がられる。まあ、それはある程度しょうがないとは思うけど。おいらの場合と「ニート」の彼の場合と、何が違ったかというと、おいらの場合は実際に「職人技」を見せ付けて、周囲を黙らせることができたということ。今回の件で、昔おいらがどう思われていたのかを、今さらながらはっきりと理解することができた。

確かに仕事ができない人が職場にやってくると、とても負担になるというのは間違いない。慈善事業やってるわけじゃないしね。でも、最初からすべてを拒否してしまうのはどうだろうか。しかも上司(監督者)に当たるような人がそういう態度なのはどうなのか(本人たちに「上司」の自覚はまったくないようですが・・・)。何の計画性もなく「人が足りないし、誰でもいいから突っ込んどけ」っていう会社の姿勢はもちろん論外だと思う。だが、それでも人が配置されてきたからには、その人材をどう動かすかについて監督者は責任を負っているはずだ。人を指導できない人は、上司とは言えません。

やはり、「ニート」の人や業務経験の少ない人が職場に入っていくことは難しいのかもしれない。自分の会社に限らず他の会社でも、今は人を教育すること自体非常に難しくなっている。まず、先輩に当たる人たちが仕事できません。例えば、自分達が扱っている機械の基本的な動作すらほとんど理解していない。それで後輩を指導することなど、到底無理な話である。今までの経験上、あからさまに指摘するとかえって仕事がしにくくなるので、よほど危険なことがない限り何も言いませんけどね。

そんなことより、心配なのは辞めていった「ニート」の彼です。いつまでも「ニート」でいるわけにもいかないだろうし、仕事が見つからなければ生きていくことができないでしょう。もしもおいらが同じ立場だったとしたら、おいらは迷わず経歴を詐称します。そうしなければスタートラインにすら立つことができないだろうし、立てたとしてもマイナスからのスタートにならざるを得ないからです。座して死を待つくらいならそうします。

一番偉いのは、最後まで生きていた奴だ。

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「どんなに汚い手を使ってでも最後まで生き延びろ」というのは、実はうちの家訓です。家格は低いといっても武士の端くれだったはずの家ですが、これが戦争の現実です。あまり褒められた家訓ではありませんが、この家訓がなければ自分だってもうこの世にいなかったかもしれません。経歴詐称っていうのは最後の手段に近いんでしょうが、それでもやらなきゃならないこともあるだろうと思いますよ。死にたくなければ。

ちなみに、一つ前に勤めていた会社の記録は「雇用保険被保険者証」でわかってしまうことが多いですが、それ以前の記録については調べるのが難しいです。最近は「個人情報保護法」が整備されたお陰で、企業が人物の照会に応じない傾向があります。これは企業の規模が大きくなるほど(つまり総務・人事がしっかりした会社ほど)そういう傾向が強いようです。大体、人物調査っていうのは金がかかりますからね。やらないところが多いんじゃないでしょうか。

それから、年金手帳。ここにも就業記録が残りますが、「失くしたから新しいやつちょうだい」って言えば、新しいのがもらえます。年金加入者の照会が進まない原因のひとつには「一人で何度も手帳を取る人がいた」ということもあるんですね。確かにいいことじゃないですよ。でもね、何が何でも仕事が欲しいっていうのなら、生きたいと思うなら、そういうことをしたとしても一概に責めることはできないと思います。セーフティネットが脆弱な日本ではなおさら。

座して死を待つくらいならやるしかないだろう。

生きて、戦え。

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2008-04-07

【歴史】なぜ遺体は埋葬されなかったのか

仕事から帰ってきたら、なんだかアクセス数が急増していて驚きました。昨日はアニメ作品関連カテゴリの更新をしたので「みんなアニメ好きなんだなあ(笑)」と思ってたんですが、実はこっちが原因でした。

TBS、8日に謝罪放送 「鶴ケ城落城」問題
04/06 23:01 iza

はっきりした正解がわからず、感情的にもなりやすい問題を出題してしまったのはまずかったですね。

会津と長州の遺恨はもともとどこから生まれたものだったのかなんですが、歴史研究家の方が書かれた「なぜ遺体は埋葬されなかったのか」という文章を見つけました。

なぜ遺体は埋葬されなかったのか
(大山格さんのホームページにリンクします)

どうやら会津戦争の際に「会津の戦死者の遺体が放置されたまま埋葬されなかった」というあたりに会津と長州の遺恨の原因があるようです。しかしながら、文章を読んでいくと、それは会津側の誤解であるという根拠がいくつか示されています。興味のある方はリンク先を読んでいただけばいいと思いますが、そもそも戦後処理をやっていたのは薩長以外の藩だったようです。仮に「遺体埋葬禁止令」が実際に出されていたとしても、それは長州の責任ではないということが言えそうです。

上記の文章では白虎隊の件についても若干触れられています。そこでひとつ重要なのは、白虎隊の武勇伝というのが大正から昭和にかけての時期に「国威の発揚に効果がある」ということで国策に利用されということです。

それからもうひとつ重要なことですが、この時期は藩閥に代わって政党がその後を襲うことになる頃とちょうど重なっているんですね。大正2年(1913年)には「閥族打破運動」が起こって大正デモクラシーの時代に入りましたが、そういう民主化運動の標的にされたのが山県有朋や桂太郎といった長州閥でした。こうした動きの中で長州批判の道具として会津戦争の逸話が用いられたとしても不思議ではなかったと思います。

史実はともかく、会津の人たちの恨みの多くは誤解に基づいているものなのかもしれませんが、たとえ架空のストーリーであったとしてもその人たちが大切にしているものや記憶っていうのがあると思うんですよね。そこへ「事実はこうだから」といって、正面切って反論してみても仕方がないような気がするんです。実害がなければ特に反論することもないでしょう(朝鮮人慰安婦問題は国益を損なうという実害があるので徹底的に反論するべきだと思いますが)。

事実といえば、むしろあの土地で戦争があったことやその結果多くの人たちが亡くなったことの事実の方が重要です。二度と国内で内戦を起こしてはいけない。会津がどうとか長州がどうとか、そんな話じゃなくて。そういうことに思いを馳せることが大事なんだと思うんですけどね。

まぁ、件のバラエティ番組では「うんこ」で片付けられちゃったみたいだけど。

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